ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

これは来日公演を見て気付いたことなのだが、そのコラージュ的な要素はカッサだけで作り上げているわけではない。『I THINK I’M GOOD』にはアーロン・パークスやヴィジェイ・アイヤー、ラフィーク・バーティア、サリヴァン・フォートナー、クレイグ・テイボーンなど全く異なるタイプのミュージシャンが参加していて、それぞれが全く異なるスタイルで演奏しているが、それらを自身とバンドメンバーの演奏やビートとコラージュし、アルバム一枚のなかで共通するムードを通底させることで、ナチュラルに違和感を感じさせることなく楽曲に収めている。


鍵盤奏者のアーロン・パークスが参加した「The Best Of Life」

僕はこれがカッサがもつエディットの手腕によるものかと思っていたが、来日公演を観て、そこに同行していたメンバーたちの存在もかなり重要であることに気づいた(彼らは『I THINK I’M GOOD』にも参加している)。

ライブでもカッサはドラムを叩き、シンセを弾き、ラップトップをいじり、歌っていて、その多才さに驚かされたが、それ以上に衝撃的だったのが、現在21歳のモーガン・ゲリンだった。来日公演のクレジットではサックスと表記されていたモーガン・ゲリンだが、実際には多くの場面でベースやピアノも弾いていたし、EWI(ウィンドシンセサイザー:サックス形態の息を吹き込むことで音を出すシンセサイザー)も吹き、しまいにはドラムも叩いていた。その演奏を聴けば片手間なものではないのは明らかで、どれも水準が高かったことは驚きを通り越して、訳がわからなかった。ライブ後にモーガンが会場を歩いていたので話しかけてみたら「僕にはメインの楽器はないよ。全てがメイン。もともとチャーチでドラムを叩いてたから、ドラムがルーツだけど」みたいなことを話していた。

さらに、その来日公演では、ピアノのジュリアス・ロドリゲスもドラムセットに座ってドラムを叩いたり、ベースを弾いたりしていた。つまり、カッサ、モーガン、ジュリアスの3人が楽器を入れ替え、それぞれの役割をシャッフルしながら、ライブが進んでいったというわけだ。そこに鍵盤奏者でエンジニアでもあるポール・ウィルソンがシンセで音を重ねつつ、バンドサウンドにエフェクトをかけていた。


左からジュリアス・ロドリゲス、モーガン・ゲリン、カッサ(Photo by Tsuneo Koga)

『I THINK I’M GOOD』もジャズのあり方としては極めて個性的だが、ライブの現場で個々の役割や立ち位置がどんどん変化していく光景もそれと同等、もしくはそれ以上にユニークなものだった。特定の楽器だけにアイデンティティがあるわけでないミュージシャンたちが、自身の軸足を置く場所を定めずに奏でたい楽器を手にし、奏でたい音を出していく軽やかな光景は、自身の演奏やビートだけでなく、様々なミュージシャンの演奏を素材として録り貯め、それを自由に切り刻んで組み替え、どの演奏もどの音も全てを等価に扱いながら、ひとつのストーリーを描いている『I THINK I’M GOOD』の軽やかさと通じるものが感じられた。そこでは特定の楽器にアイデンティティを持たないことのある種のクールさやドライさと、それゆえ特徴の捉えづらい一人のミュージシャンが、総体的な表現を模索しようとする非常に人間的でエゴイスティックとも言えそうな側面の二つがせめぎ合っているようにも映る。ミュージシャンのことを「ひとつの楽器を極めようとしている人」といったイメージで捉えると見えてこないものが、この音楽にはある。

このアルバムはカッサ・オーバーオールの作品だが、ここには主役がいるようでいない。そこにいる全員が主役で、同時に全てが素材に過ぎない。その音楽性――というよりは、その音楽がもつ思想に関しては、カッサがカニエ・ウェストを影響源に挙げていることとも関係があるのかもしれない。サンプリングソースのヴォーカルのピッチを変えてしまうドライな姿勢や、楽曲の流れを突如切り替えるような過激なコラージュ感覚など、2000年代以降のゲームチェンジャーだったカニエの手法とも通じるものがある。

それともうひとつ。ライブの後、カッサや彼のマネージャーと話していた時に、彼らが上述したモーガン・ゲリンのすごさについて語ってくれた。モーガンが2017年に出したアルバム『The Saga Ⅱ』を聴けば、あらゆる楽器を1人で演奏してしまう彼のスタイルが、来日公演のずいぶん前から形になっていたことがわかる。



カッサは自身の肩書を「バックパック・ジャズ・プロデューサー」としている。最低限の荷物だけ背負い、ひとつの土地や住居に留まることなく世界中を旅するバックパッカーの姿を、自分がつくる音楽に重ねているのだろう。そんなふうに、ドラマーであることや、ジャズであることなど、様々なことから自由になろうとしているカッサが、最初からどこにも軸足を置いてない新世代のモーガンから多大なインスパイアを受けたであろうことは想像に難くない。『I THINK I’M GOOD』には、これまでのジャズにはなかったタイプの、もっと言ってしまえば、これまでの器楽奏者にはなかったタイプの新しい思想や哲学が詰まっている。

これまで行われてきた技術や理論、方法論などではなく、もっと大きなところで音楽に対する考え方や捉え方が変わりつつある。僕はこのアルバムを聴いて、ここから新しい変化が起きるのではないかとワクワクしているところだ。


Photo by Tsuneo Koga




カッサ・オーバーオール
『I THINK I’M GOOD』
発売中
国内盤CD ¥2,200+税
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説書封入

BEATINK.COM:
http://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10756

Apple Music/iTunes Store:
https://music.apple.com/jp/album/i-think-im-good/1491429984

Spotify
https://open.spotify.com/album/3MnsW4Spzp9orxEQPEcP4o?si=i_o6SUzkQWSqW3Josi5WHQ

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE