精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」

Illustration by Simon Prades for Rolling Stone

残忍な殺人事件の余波を受け、米オレゴン州は精神医療制度の落ち度を突きつけられている。長文ルポで迫る問題の真相。

2017年1月9日の朝、アンソニー・モントウィーラーは元妻のアニタ・ハーモンをアイダホ州ワイザーの自宅付近で誘拐し、州境を越えて20マイル(約32キロ)先のオレゴン州に向かった。マルヒュア郡にある人口1万1000人の町オンタリオのシンクレア・ガソリンスタンドで、彼はディーゼル代40ドルと水2本分の代金を払い、良い1日を、と店員に言った。外はまだ暗く、身を切るような寒さで、道路は前の週に降った吹雪の残骸に覆われていた。警察の調書によれば、給油係のマイケル・マッキンタイヤがモントウィーラーのダッジ・ピックアップが満タンになるのを待っていると、車の中から声がした。助手席にいたハーモンが両手を掲げていた。手首はプラスチックの結束バンドでシートベルトに縛り付けられていた。「助けて!」と彼女は叫んだ。ちょうどそのとき、モントウィーラーが店の中から出てきた。「少々お待ちください」とマッキンタイヤは彼に告げた。「ちょっと中を見てきますんで」

ベトナム戦争帰りのマッキンタイヤは70代だったが、今も鍛えていた。彼は警察に通報するよう、店員に命じ――「トラックの中で女性が縛られている」――すぐさま外に戻った。当時49歳で身長およそ6フィート(約183センチ)、やや肥満気味のモントウィーラーは、特に悪びれた風もない。青いパーカーに黄褐色の野球帽をかぶり、片脚を開いたままのトラックの運転席のドアから投げ出して座っていた。メーターが40ドルを打つと、モントウィーラーは車を出そうとした。マッキンタイヤは、待て、もうすぐ警察が来る、と言った。モントウィーラーは一瞬相手をじっと見つめ、それから運転席の下を手探りした。マッキンタイヤによれば、モントウィーラーはかっと目を見開いて、Outdoor Angler社のフィレナイフをハーモンの首に突き立てた。マッキンタイヤは「女性が喉を切られた!」と叫んだ。

店のカウンターにドーナツの箱を置いたばかりの客が、救出のために外へ駆け出した。のちにこの客が警察に語ったところでは、トラックに着いたときにはハーモンの頸静脈の辺りが「ごっそり無くなっていた」。客とマッキンタイヤが止めようとしたが、モントウィーラーは左手で2人を遮り、右手でハーモンの胸部を繰り返し刺した。彼はダッジのドアを掴むとエンジンをかけ、ガソリンスタンドと道路を隔てていた雪だまりを突っ切って走り去った。

オンタリオの中心地、ラスティーズ・パンケーキ&ステーキハウス付近で、モントウィーラーのトラックが交差点を「法定速度で」通過するのをパトカーが発見した。警察が後を追うと、モントウィーラーは2車線の幹線道路に入り、時速90マイル(約145キロ)に加速して、雪に覆われたジャガイモ畑の間を疾走した。その頃5人の子供を持つデヴィッド・ベイツとジェシカ夫妻は、フォード・エクスカージョンで勤務先の聖アルフォンス医療センターへ向かっていた。デヴィッドは放射線科の責任者で、ジェシカは超音波技師だった。

写真5点:アンソニー・モントウィーラー、亡くなった元妻のアニタ・ハーモン、デヴィッド・ベイツ

いつもは夫婦別々の車で通勤するのだが、雪があったので「私が無事にたどり着けるよう、夫が車で送ると言ったんです」と、ジェシカは後にこう振り返った。モントウィーラーが車線を越えて、2人の方に飛び出してきたので、デヴィッドは右にハンドルを切ったが、雪だまりで路肩は塞がっていた。衝突でジェシカが最後に覚えているのは「コインホルダーがダッシュボードにぶつかる音。後は覚えていません」

Translated by Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE