ベン・ワットが語る「死」の感覚と奇妙な人生、ピアノと向き合った新境地

ー資料によれば、今回のアルバムを作るにあたって「怒り」や「悲しみ」がモチベーションになったそうですね。

ベン:このアルバムは、作るのにとても苦労した。なぜなら今から2年くらい前の僕は、これまでの人生の中でもかなり困難な時期にあったんだ。まず、2016年に異母兄弟を亡くした。そのことは前作『Fever Dream』(2016年)にも影響を及ぼしていたのだけど、実際のところ2017年になるまで、僕は彼の死に対して“本当の意味での”ショックを受けてはいなかったんじゃないかと。ちょうどその頃からこのアルバムに取り掛かっていたのだけど、そこで思いっきり行き詰まってしまったんだよ。

『Hendra』(2014年)を作った頃には母親と姉が、相次いで他界した。そこからあまり時間が経っていない時に彼を失ったことに対して、やり場のない「怒り」のようなものも感じていたんだよね。特に兄と姉は、まだ死ぬような歳じゃなかったわけだからさ。しかも、テレビを点ければ世界中で起きている出来事……政治的な混乱から異常気象まで様々なニュースが目に飛び込んできて。それに対してしばらくの間、自分の無力を思い知らされていたんだ。個人的にも、政治的にもね。とても曲を書けるような状態ではなかった。

ーそうだったんですね。

ベン:そんな中、どうにか曲を書こうともがいていたらピアノに慰められることが多くてね。自然とピアノで曲を作るようになっていった。そこが以前の2枚とは大きく異なる点だ。『Hendra』と『Fever Dream』は、バーナード・バトラーと僕のギターが主軸となった、いわゆるギター・アルバムだったからね。「そうか、今回はこれまでと違う手法に取り組むべきだぞ」と自分でも気づき、そこから「ピアノ・トリオ」のアイデアが湧いてきた。

ー『Hendra』のときは、あえてギターのチューニングを変えて曲作りをしたとおっしゃっていましたよね。ピアノを使っての曲作りは、ギターとはまた違うインスピレーションが湧くものですか?

ベン:そうだね。ピアノを相手に演奏していると、本当の「誠実さ」や「寛大さ」を感じるというか……言葉で説明するのが難しいのだけど、ソングライターとしての自分にとても興味を持ってくれている気がするんだよね(笑)。だからピアノの前に座ることは、いつだってとても楽しいし、いい気分にもなる。僕の曲作りを手助けしている「何か」の存在を、すぐそばで感じることができた。あの頃の自分の状態を思えば、ピアノに座った時のそんな感覚が何よりも必要だったんだろうね。



ー歳を重ねて親しい人が亡くなっていく経験が増えたことは、あなた自身の死生観にどのような影響を与えましたか?

ベン:どうなんだろう……というのも、僕はある意味とても奇妙な人生を送ってきたからね。29歳で大病をわずらい、死にかけたことがあったわけで(※)。当時の僕には人生が変わるような経験だったし、その時すでに「死する運命」というものに深く触れることになったんじゃないかと思う。今も完治はしていないし、薬を服用し続けなければならないので、日々そうしたことを考え続けているんだよ。

そして、過去8年の間に姉、母、そして兄が立て続けに亡くなったことで、自分にはもう、向き合える近い肉親が残っていないんだ。例えば何か良い知らせがあって、このことを伝えたいと思って電話をしたり、クリスマスに「元気?」って声をかけたり、そういう些細なやりとりをする相手がもう、僕の肉親には誰も残っていない。家族の内輪のジョークが通じる相手も、家族の思い出の数々を共有できる相手もいないことが今、僕にはかなり辛いことなんだよね。

※1992年、エヴリシング・バット・ザ・ガールのアメリカツアー中にチャーグ・ストラウス症候群を発症。その時のことを回想録『Patient』に記している

ーそうですよね……。

ベン:トレイシー(長年のパートナーで妻のトレイシー・ソーン)は今も、彼女の姉ととても仲良しで、たまに2人の間柄が羨ましく思うこともある。もちろん、僕たちには3人の子供がいて(双子の娘と息子)……みんな、素晴らしい子たちだよ? とても素敵な家族関係を築いてきたし、みんなで一緒に美術展へ出かけたり、音楽を聴いたりするのは最高なんだ。でも、その一方で僕は「死」のすぐ近くにいる感覚があって、それは音楽を作る時にも表出しているのかもしれない。

ーあなたの書く曲には、美しさと同時にある種のダークネスが宿っているのはそのためかもしれないですね。

ベン:そうだね。美は移ろいやすく儚いもので、そのコントラストに僕は惹かれているというか。それって、日本文化にも通じるものがあると思うけどな。例えば桜は束の間しか咲かないし、すぐに散ってしまう。その儚さに美を見出す日本人の感覚は、僕もとてもよく分かるんだ。

Translated by Mariko Sakamoto

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