川谷絵音が語る2010年代「ハイペースに作品を出し続けたら認知されるようになった」

川谷絵音(Photo by Madoka Shibazaki/ロケ地協力:SHARE LOUNGE)



「限界はどこまでなのか?」複数アウトプットへの信念

ー2010年代を振り返る上で2016年という年を避けては通れないと思うんですけど、今振り返って、あの一年は川谷くんにとってどんな一年でしたか?

川谷:今考えると……あれがあったから今があって、良くも悪くもですけど、時の人になっちゃって、音楽にとって無駄なものも増えたんですけど、逆に言うと、普通に音楽やってるだけだったら絶対得られなかった背景みたいなものが得られて、それが音楽の深みに繋がればなって思ったり。まあ、いろいろあった諸先輩方でもはや何も関係なくなってる人もいますし、ただネットの時代とは違うのかもしれないけど……でももうそういうのも超えて、「あいつはやっぱりすごいな」って思わせることが楽しくなってきたというか。俺、「中高の頃にヤンキーだったやつを見返したい」っていう、超しょうもない根本で音楽やってるんで、見返したい対象が勝手に増えたのは、今考えると逆によかったっていうか。ジェニーハイもあの時期がなかったら始まってなかったと思うし、そもそもあのままやってたら、どっちにしろ自分が崩壊しちゃってたと思うんで。

ーさっきの「2015年は疲れちゃった」っていう話ですよね。

川谷:今なら耐えられると思うんですけど、まだ20代半ばだったんで、自分が思い描いてたバンド像と違っちゃってたのはキツかったんですよね。今は大人になって、いろいろ俯瞰で見れるようになったし、音楽業界の仕組みもわかってきたから、大丈夫だと思うんですけど。

ー2016年を経て、DADARAYが始まり、ichikoroも始まり、活動がより多角化していって、中でも今はジェニーハイの存在が大きなものになってきていますよね。

川谷:世間により近いところに、ヒソヒソと近づくことができたというか(笑)、大手を振って近づくんじゃなくて、ギラギラした人たちに隠れて、後ろから道筋を作りながら近づけたなって。それまではずっと自分が前に立ってやってたから、前に立たずに、でも「実は作ってました」みたいに、舌を出せるっていうか。やっぱり、俺は見返すってことしか考えてないんですよ。

ーそれを音楽でってことですよね。

川谷:最近思うのが、Twitterで有名人が「こんなやつらとは分かり合えない」みたいなことを言って、それを支持する人と叩く人がいるじゃないですか? 前は俺も「なんでこんなことがわかんねえの?」みたいに思ってたけど、でも商業音楽の世界にいて、「分かり合えない」って言っちゃったら終わりだなって。普通に街歩いてて、「絶対こいつとは分かり合えないだろうな」って人ばっかりじゃないですか? でも、そういう人たちに向けて音楽をやってるわけだから、「じゃあ、この人たちが音楽を聴くにはどうしたらいいのか?」を考えたい。これまで俺が一番遠かったのって、アニメタイアップとかをそんなにやったことがないからかアニメ界隈の人とかで、すごく嫌われてるか、そもそも興味を持たれてなかったと思うんです。でもこの間、坂本真綾さんの曲を2曲作って、「めっちゃいい曲だと思ったら、川谷絵音が作ってた」みたいなつぶやきがめちゃめちゃあったんです。そうやってイメージを一個ずつ変えていくことができるのは面白いなって。

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