URC50周年3枚組ベストを5週に渡り全曲紹介、あの頃青春だった人たちの遺産を聴く

50周年を迎えた会員制レコードクラブURC



悩み多きすべての若者に贈る歌、斎藤哲夫、ザ・フォーク・クルセダーズ

・斎藤哲夫「悩み多き者よ」



1972 年に発売になった1stアルバム『君は英雄なんかじゃない』の中にこのバージョンが入っています。オリジナルのシングルは70年2月に出たんですけど、それとは歌い方も変わったりしていますね。今日はアルバムバージョンをお聴きいただいております。これを書いたのが19歳のときですよ。19歳のときにこんなふうに世の中のことを見ていた。今の19歳はどうなんでしょうね。中にはもっと先に進んで、もっといろいろなことをわかって勉強したり活動したりしている人もいるんでしょうが、多くの人たちはまだ先のことが見えないで、これから自分はどうなっていくんだろうというのを思いながら勉強をしたり、部活をしたりしているんじゃないかと思います。

URCというのはもともとザ・フォーク・クルセダーズとか岡林信康さんも所属していた高石音楽事務所というのが中心だったんですね。そういうところに集まっているのは関西系のミュージシャンの人が多かった。関西フォークの拠点と言われていましたからね。斎藤哲夫さんは東京なんです。大田区の大森というところの大衆食堂の息子さんなんですね。どこか先入観もあるんでしょうが、斎藤哲夫さんの明るい感じが東京の下町の食堂って感じがあったりします。でも、ポール・マッカートニーとかギルバート・オサリバンに影響された19歳でのメロディメーカー的なセンスというのは今聴いてもとても瑞々しいものがあります。1950年生まれで今も元気に歌っています。4月11日には下北沢の440、25日には武蔵野公会堂で歌うようですね。それでは、この悩み多きすべての若者に贈る歌。ザ・フォーク・クルセダーズで「悲しくてやりきれない」。

・ザ・フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」



ザ・フォーク・クルセダーズの1969年の曲「悲しくてやりきれない」。これは69年の「イムジン河」が中止になって変わりに発売された曲です。加藤和彦さんが「イムジン河」の音符を反対側から辿って15分で書いたという伝説の曲。作詞がサトウハチローさんです。フォークルはURCではなくて東芝EMIだったんですね。「イムジン河」も東芝EMIから出る予定で出なかったわけですが、「帰って来たヨッパライ」は東芝から出て、この「悲しくてやりきれない」のシングルも東芝から出た。そして解散コンサートというのも東芝から出ているんです。『フォークルさよならコンサート』というライヴアルバムがあるんですね。それは東京での解散コンサートがアルバムになっているんです。今日お聴きいただいたのは大阪のコンサート。東京でやった後に、最後の最後だっていうことで大阪でやったのがこのライヴの模様なんですね。最初に北山(修)さんが「また、会いましょう」と言った時に「きゃー」と言ったのはそれですね。本当にもうこれで終わりなんだというのが「きゃー」に込められていますね。今回3枚組と同時に、このときのフェアウェル・コンサートのライヴアルバムも発売になっております。こういう再発ものには、それなりに新しいもの、レアだったものが目玉企画として入っていたりするんですが、次の人もそんな1人です。金延幸子さんの「み空」。

Rolling Stone Japan 編集部

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE