音楽ファンが『ハイ・フィデリティ』に共感する理由

Miles Donovan for Rolling Stone

2000年にジョン・キューザック主演で映画化された『ハイ・フィデリティ』。主人公を女性に置き換え、ゾーイ・クラヴィッツ主演のリメイク版が米HuluのTVシリーズで放映スタート。原作小説の著者であるニック・ホーンビィが寄稿してくれた。

作家としての道を歩む者は、物事を長期的に考えなくてはならない。1995年に出版された『ハイ・フィデリティ』は、25年に及ぶ長期プロジェクトの第一弾に過ぎなかった。原作の舞台はロンドンだったものの、同作はアメリカで人気を博し、ハリウッドで映画化されて大きな成功を収めた。そして今回、本の出版当時6歳にして才能と存在感を既に発揮していた女性が、登場人物の性別を逆にしたTVシリーズで主演を務める。思い描いた展望が見事に実現することは、ひとえに作家冥利に尽きる。

言うまでもなく、すべて冗談だ。こんな展開になるなど、私は夢にも思っていなかった。あの作品を最後まで書き上げたことも含めて、これまでに起きたことが全部、未だに信じられないくらいなのだから。『ハイ・フィデリティ』の様々なバージョンの中でも、ゾーイ・クラヴィッツが主演を務めるHuluのTVシリーズ(日本公開未定)は最も意外性に満ちている。その必然性と現代のオーディエンスに対する訴求力は、スターである彼女と制作チームの力によるところが大きい。また人を夢中にさせ、アイデンティティや帰属意識を生み出すポップやロックンロールの普遍的な魅力については言わずもがなだろう。



あの作品を書き上げた時、私はインディペンデントのレコード店の未来を憂慮していた。原作におけるロブ・フレミング(彼の経営するレコード・ショップはシカゴでもブルックリンでもなければ、イズリントン地区のHolloway Roadのはずれにある)は、自分の仕事に不満を持っていた。彼は生涯の前半を、今となっては無意味になってしまったものに捧げてしまったのではないかと考え始める。当時はVirginやBorders等の大型店の進出により、インディペンデントのレコード店は淘汰されつつあった。レコードの需要はCDに取って代わられ、MP3の存在を知っていたのは一部のドイツ人オタク(間違ってもイギリス人の作家ではない)だけだった。2020年の時点でそういった大型店がことごとく姿を消し、ロブのような貧乏だが勇敢なオーナーによる店だけが生き残っているなど、当時は誰も考えもしなかった。

『ハイ・フィデリティ』のTVシリーズでは、我々が生きる現代が舞台となっている。プレイリストはデジタル化される一方で、甲斐性のない男性や女性がもたらす心の傷は悲しいほどにアナログのままだ。ロブのようなキャラクターが21世紀でも通用するのは、現在でも人々が空気のように普遍的なものに進んで金を落としているからだ。Spotifyを使い始めた時、私はこう思った。「なんて素晴らしいんだ。ありとあらゆる音楽が、この小さなポケットの中に収まっているなんて」

Translated by Masaaki Yoshida

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