テーム・インパラ『The Slow Rush』を考察「頂点を極めたバンドの音楽的フリーダム」

テーム・インパラのケヴィン・パーカー(Photo by Neil Krug)

テーム・インパラの4thアルバム『The Slow Rush』が2月14日にリリースされた。世界最高峰のサイケデリック・バンドによる待ち望まれた新作を、音楽ライターの新谷洋子が考察する。

オーストラリアの郊外から世界の頂点へ

テーム・インパラの4枚目のアルバムは『The Slow Rush』と題されている。“slow(ゆっくりとした)”な“rush(焦り)”だというのだから、英語で言うところのoxymoron、つまり撞着語法であり、前作『Currents』からの5年のインターバルを踏まえると納得がゆくタイトルだ。

ツアーではバンド編成だが、スタジオではケヴィン・パーカーのソロ・プロジェクト。完璧主義者を自認する彼が全曲を独りで綴り、全パートを演奏して、歌って、プロデュースし、ミックスしているのだから、そもそも時間がかかるのは仕方ない。それにしても、1st『Innerspeaker』、2nd『Lonerism』、3rd『Currents』と畳みかけるようにしてアルバムを発表していただけに、これほど長い空白は意外だった。もちろんプレッシャーもあっただろう。活動拠点であるパースの郊外の人里離れた“小屋”で録音した『Innerspeaker』で、まずは地元オーストラリアでブレイクしたのが2010年のこと。この頃はまだ、アヴァランチーズやカット・コピーほかモデュラー・レコーディングスが続々送り出していた、他のオセアニアン・ニューウェイヴ・アクトと並べて語られていたものだ。

だが『Lonerism』(2012年)で一躍海外進出を果たし、『Currents』(2015年)は地元でナンバーワンに輝いて、全米・全英共にトップ5入りを達成。どちらの作品もメディアの絶賛を浴び、ARIA賞(オーストラリアのグラミーに相当)のアルバム・オブ・ジ・イヤー及びベスト・ロック・アルバムを2枚連続で受賞して、昨年のコーチェラ・フェスティバルでは遂にヘッドライナーを務めた。ここにきてThe 1975やボン・イヴェールやThe xxと並ぶ、過去10年間にインディロック界が生んだ数少ないヘッドライナー級アクトの1組へと成長したテーム・インパラは、目下世界規模で活動する最大のオーストラリアン・バンドでもある。


『Lonerism』収録の「Feels Like We Only Go Backwards」、YouTube再生回数は1億回を突破


『Currents』収録の「The Less I Know The Better」はSpotifyで断トツの人気曲

となると当然ツアーへのデマンドが高まり、かつマルチなタレントを備えたケヴィンは、カニエ・ウェストにマーク・ロンソンにレディー・ガガにトラヴィス・スコットと、大物アーティストたちに乞われて多数のコラボレーションもこなした。よって5年前とは大きく異なるポジションに立っているわけだが、これらのコラボレーションを通じてすでにジャンルの枠を超越していた彼は、守りに入るのではなく、完全にジャンルレスでリミットレスな音楽的キャンバスとしてのテーム・インパラを本作『The Slow Rush』で提示している。


テーム・インパラ(ケヴィン・パーカー)の参加曲を集めたプレイリスト

さらなる進化をもたらした「リズムの多様化」

思えば『Innerspeaker』では、60年代のサイケデリアに根差したオーガニックなバンドサウンドを志向していたケヴィン。2nd以降はギターを一気に後退させて、シンセの分量を増やし、サウンド表現を大またに広げていた。そして、マークとのコラボ曲「Daffodils」に垣間見えたダンサブルなスタイルを『Currents』で開花させていたことから、4作目で着地する場所はある程度予測できていたとも言える。それにしても『The Slow Rush』は、デビュー時からテーム・インパラに添えられていた“サイケデリック・ロック”という呼称を、すっかり無意味なものにするアルバムだ。彼自身は、昨年5月の米ローリングストーン誌とのインタヴューで次のように語っていた。「過去にも色んな影響源を取り入れようと多少試みたけど、今回は恐れずにとことんやり尽くそうという気持ちがあった。テーム・インパラがどこまで広がりを持てるのか、限界に挑戦するためにね」。

このようなゴールを掲げて、ヒップホップ・プロデューサーに倣ってコラージュ的に音源を作り、そこから曲を形作ったというケヴィンは、これまでも常に大きな役割を担っていたリズム(彼はドラマーとしてミュージシャン人生をスタートしている)を多様化させ、その存在感をさらに強調。R&Bからディスコ、ハウス、エレクトロニカ、70年代のスタジアム・ロック、ソフトロックまでを網羅する、ストレンジでグルーヴィーなプログレッシヴ・ポップ集に辿り着いている。もはやダンス・ミュージックだという声も、きっとどこかで聞かれるに違いない。かと思えば、磨き上げられたシンセティックな音に少し耳がくたびれた頃に、柔らかいギターとパーカッションでサンバのリズムを刻む「Tomorrow’s Dust」でテンションを解いたり、長尺の曲にはそれに相当するスケール感とストーリー性を与えたり、隅々まで計算し尽くされているのだが、それを感じさせないエフォートレスさがある。


『The Slow Rush』収録の「Borderline」

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE