ポン・ジュノ監督が語る、『パラサイト 半地下の家族』誕生秘話

第92回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門を受賞した映画『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督(Photo by Rachel Luna/Getty Images)


ポン監督は2013年から少しずつ脚本を書くようになり、登場人物たちの交流を描くうちにカメラのアングルやカットを考えるようになった。やがて監督の演劇作品は映画の脚本へと姿を変え、監督はそのアイデアを徐々にクルーたちと分かち合うようになった。「ストーリーをプロデューサーと撮影スタッフに説明する時、『これは、徐々に家が乗っ取られていく作品なんです』と言いました」と監督は振り返る。「兄が妹を巻き込み、父を運転手として、母を家政婦として潜入させます。これでトラップの準備は完了。どう? 面白いでしょう!? ってね。でも、これはまだ前半部分でした。ストーリーを説明しても、いつもここで終わってしまいました」

『Okja/オクジャ』に集中せざるを得ない状況になると、監督は『パラサイト〜』の脚本を中断した。また戻ってきて、どうなるか見てみようと考えたのだ。監督は後半部分の候補としていくつかのバージョンを考えていたが、2017年の秋、仕上げるために再び脚本に取りかかると——実際にパソコンの前に座ってタイプしていたと言う——アイデアをろ過するため、4カ月近くかかったそうだ。脚本の執筆活動の最後の2カ月になるまで後半が書けなかったこと、さらにはインスピレーションの一部として、秘密のパニックルームや隠れ家を秘めた家に関する噂があったことを明かした。「ヤミ金融業者から隠れたり、北朝鮮との戦争の準備をしたりするための地下シェルターのある家が実際に何軒かあるんです。不動産業者は、こうしたシェルターをセールスポイントにしている、と聞きました。『クローバーフィールド』級のパニックに備えて、きっとアメリカにもこういうのがあるんですよね?」


Neon

事実、後半で3つ目の細い階段の下に潜むものが明らかになると、同作はまったく別の作品に変わる——というよりは、監督が描いた家族の争いのひとつのフレームワークを提示するのだ。1990年代末から2000年代初頭にかけて韓国の映画監督たちが名声を得る一方、ポン監督は馴染みのあるジャンルを使ってより深い社会問題に切り込める能力のおかげで母国だけでなく、世界的にも不動の人気を獲得した。連続殺人鬼を描いた『殺人の追憶』(2003年)、モンスター映画『グエムル 漢江の怪物』(2006年)、探偵主導の殺人ミステリ『母なる証明』(2009年)、ディストピアを描いたSF作『スノーピアサー』、ファンタジー冒険作『Okja/オクジャ』などがその代表例だ。それに対し『パラサイト〜』は、家族を描いたメロドラマから、サイコパスが活躍するスラッシャー映画に至るまでの要素を備えた、椅子取りゲームのようなジャンルに属すると言えよう。それでも、同作は監督の当初の意図通り、韓国を舞台としたリアルなストーリーである。同作のふとした瞬間にトーンを変える力のせいで、本当に次の展開が読めない。

Translated by Shoko Natori

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