LD(学習障害)とは? 「障害の個人モデル」から「障害の社会モデル」への転換へ

何らかの特性が、社会や環境によっては問題ではなくなるのであれば、問題が生じてしまうのはその人個人のせいではなく、周囲の社会や環境のせい、とも言えます。誰かが生活上何かに困っているときに、その人個人の心身の機能障害にその原因がある、と考えるのが「障害の個人モデル」です。そうではなく、社会が多数派の都合で作られているために少数派が困っている、だから、そうした社会的障壁を取り除くことが社会の責務である、と考える「障害の社会モデル」への転換が大切なのです。

また、「なにかの特性を持っていて、それによって日常生活上に支障がないのなら、それは障害ではない」という考え方があります。なんらかの支障がないのであれば、それは「個性」です。逆に言えば、なんらかの支障が生じれば、それは「障害」になってしまいます。 しかし、ここで気をつけておきたいのは、「個性」と「障害」の境界線はあいまいで、環境や状況、社会や時代が変われば、それはどちらにもなり得るということです。個性も障害も、ついどちらかひとつだけに目を向けてしまいがちですが、どちらも存在するのです。そしてそれは、当事者の思いを抜きに、他人が「個性だ」「障害だ」と決めるものでもありません。

イアン・デューリーは7歳のときに小児まひにかかり、左半身が不自由になってしまいます。その後様々な苦難を超えて美術教師になるのですが、自分が本当にやりたい音楽の道を選び、29歳から本格的にバンド活動開始。34歳の1977年にシングル『Sex & Drugs & Rock & Roll』が全英チャート2位に、1st.アルバム『New Boots and Panties!!』が全英チャート5位となる大ヒットを飛ばしました。



そんな彼に、1981年、世界障害者年のためにユニセフは歌を依頼します。彼は当初「障害があっても頑張ろう」というような前向きな歌を書かねばと思ったそうですが「やはり本当の気持ちを歌おう」と決め、「Spasticus Autisticus(スパスティカス・オースティスカス)」という曲を作ります。 スパスティカスとはスパシ(痙攣)とローマ帝国に反乱した奴隷スパルタカスの合成語で、オースティスカスはオーティズム(自閉症)をローマ風にした言葉です。つまり「障害を持った反逆者」というような意味を持つタイトルです。その歌詞は「俺たちは障害者だけど、お前らの言いなりにはならない、お前ら健常者には俺たちの気持ちはわからない!」というような内容でした。そのため、ユニセフは「これは困る」と却下。さらにBBCでは放送禁止となってしまいました。彼にとってはビッグチャンスだったはずですが、それを自ら棒に振っても、自分の意思を貫いたのです。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE