マデオンに訊く、若くして成功したEDMプロデューサーの「その先の人生」

2020年1月、マイナビ赤坂BLITZで来日公演を行ったマデオン(Photo by Masanori Naruse)


―話を戻すと、2015年に1stアルバム『Adventure』をリリースしていますが、2010年代前半のEDMシーンをどんなふうに見ていましたか?

マデオン:僕はEDMというタームが使われるようになる前から活動をスタートさせていた。その呼び方が目立つようになったのは2012年くらいのはずだけど、自分の音楽とEDMにそこまで関連性はなかったと思う。というのも、僕はダフト・パンクや中田ヤスタカのように、エレクトロニックなツールを使っていても、クラブ・ミュージックというよりはエモーショナルなポップ・ミュージックを作る音楽に影響されてきたから。それに、あのビッグルーム・サウンドにも馴染めなかった。


マデオンによる2013年のDJセット

―なるほど。

マデオン:でもたしかに、2011〜12年頃というのは本当にクールな時期だった。シーンがどんどんエネルギッシュになり、世界中の若者がエキサイトしているのが感じられた。あらゆるサウンドが新鮮に聴こえたし、それによって新たなドアも開かれた。

スクリレックス、ポーター、ゼッド……みんな大好きな友人だ。僕らの人生は一夜にして、世界がひっくり返るように大きく変わった。でも、ダンス・ミュージックでそこまでビッグになれるなんて、最初は誰も想像してなかった。本当にとんでもないサプライズだったんだ。そこは今と全然違うよね。昔と比べて、今はエレクトリック・ミュージックで成功する姿が想像しやすくなったと思う。でも、僕らが音楽を作り始めた頃は、そこまで大きな夢をもつことは考えられなかった。

今はいい時代だよね。ジャンルの定義に縛られることなく、誰もが好きなように音楽を作れるようになったから。クラブ・ミュージックでも、エモーショナルでスロウな音楽でも、速い音楽でも、イージーな音楽でもなんでもいい。ただ、自分にフィットすることをやればいいんだ。数年前まではジャンルの縛りがあったけど、今はずっとオープンになっている。ダンス・ミュージックの歴史において、もっとも自由な時代だと思う。僕も昔より今のほうがやりやすいよ。




Photo by Masanori Naruse

―ニューアルバムの『Good Faith』はこれまでの作品と比べて、パーソナルでメロウな印象を受けました。こういった作風の変化はどこから生じたのでしょう?

マデオン:僕はマデオンを「プロデューサー・プロジェクト」ではなく、「アーティスト・プロジェクト」にしようと考えた。ダンス・ミュージックでは曲ごとにボーカルをフィーチャーすることが多くなりがちで、それはそれでいいんだけど、アルバムの統一感が表現しづらくなってしまう。それよりも僕は、もっと自分らしさを感じられるアルバムを作りたかった。だから『Good Faith』では、僕がすべての曲を作っているし、ほとんど自分が歌っている。

そんなふうに、ひとつの声で統一されたアルバムにしようと思ったのは、ポーターとの共作で、僕が歌と作詞を担当した「Shelter」の影響が大きかった。あの曲をライブで歌うと、観客がみんなシンガロングで応えてくれたんだ。その経験から得た感動がインスピレーションになっている。このアルバムでも妥協することなく、自分の感情やパーソナリティをピュアな形で反映させようと思ったんだ。



―「Shelter」のときに歌おうと思ったのは、勇気がいることでしたか?

マデオン:『Adventure』の頃も少し歌っていたけど、シングル曲ではやってなかった。でもポーターとコラボすることになって、僕は即座に歌うことを決心したんだ。ふたりとも「本物」の表現を切望していたし、僕もマデオンとしての活動を通じて自信を得ていた。それに、僕が影響を受けたアーティストやアルバムの多くで、作者本人の曲が歌われていることにも気づいた。そのほうが聞き手と密接につながることができるんだなって。この『Good Faith』を作るときも、自分のなかで炎が燃えたぎっていた。このやり方が名案なのか、トレンドにマッチしているかなどは考えず、とにかくやることにしたんだ。

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