indigo la End、初の中国公演で学んだ「海外に出ていく意味」

indigo la End、上海街中にて(Photo by Kazushi Toyota)



初の海外ライブを終えた4人の感想

中国での最終日は上海での写真撮影。上海のモニュメントである電波塔を対岸に臨み、オールドジャズバンドで知られる和平飯店などのある黄浦区は、一歩路地裏に入れば古びた建物の残る地区だが、メインストリートは再開発中で、中国のさらなる発展を感じさせた。撮影後はコーディネーターの方に連れて行ってもらった、いま中国の若者の間で流行っているという湖南料理(これにはメンバーみんな大満足)に舌鼓を打ちながら、2日間のライブを振り返ってもらった。


Photo by Kazushi Toyota


Photo by Kazushi Toyota


Photo by Kazushi Toyota

長田:思ってた以上にお客さんの反応が良くて、ありがたかったし、やりやすかった。盛り上がらないんじゃないかとも思ってたけど、全然そんなことなくて……よかったんじゃない?

後鳥:斜に構えてる人がいなくて、投げかけたらその分返ってくる感じがして、それがすごく新鮮でした。「来てくれた」っていう反応をもらえると、僕らもその分頑張ろうと思うし、需要と供給がバッチリハマってる感じが楽しくて(笑)。

栄太郎:反応がすごくピュアで、決まりがないのが良かったですね。日本は良くも悪くもライブを見るときの決まりみたいなのがあるけど、それがないのはいいなって。あとは、一緒に歌ってくれる人が多かったのも嬉しかったけど、よく見るとリップが違って、それって僕らが英語の曲を音で聴いて歌ってるの一緒ってことだから、それは最高ですね。

川谷:前までは海外に行くっていうビジョンが全然見えなかったんです。インディゴは日本語を大事にしてるし、海外に行く流れとは逆行してるような気もしてたし。でも、最近はSpotifyとかで海外でも聴かれてることがわかって、今回中国に来てみて、すごく自信になりました。やっぱり、実際に行ってみないとわかんないもんですね。Spotifyだと僕らタイとかアメリカのリスナーも多いので、いろんな国に行ってみたくなりました。

確かな自信と手応えを掴み、羽田空港に到着したのは12月14日の22時半ごろ。なお、川谷はすぐにニッポン放送へと向かい、深夜3時からの『ジェニーハイのオールナイトニッポンZERO』に出演している。

12月30日、インディゴは『COUNTDOWN JAPAN』のCOSMO STAGEに出演し、入場規制を記録。川谷は前日にジェニーハイでASTRO ARENA、翌日にゲスの極み乙女。でGALAXY STAGEにも出演し、いずれも入場規制を記録している。それは川谷が楽曲の力によってもう一度この国における一音楽家としてのフラットなポジションを手に入れたことを、2010年代の最後にはっきりと示す状況だったように思う。そして、そのタイミングで川谷のバンド人生の原点であるインディゴで初の海外ツアーを経験したこと、しかも、それがひさびさに日本語のタイトルを据え、音楽人生の原点である日本語のポップスと改めて向き合った『濡れゆく私小説』のリリースタイミングであったことは、偶然にして必然だったに違いない。2019年で手にした確信を持って、これからのインディゴはより外へと開かれた活動に向かうだろう。結成10周年イヤーとなる2020年は、その新たな始まりの年だ。さあ、素晴らしい世界へ。


Photo by Kazushi Toyota

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