ボン・イヴェール、来日直前に知っておきたい「2020年代のポップ・ミュージックの役割」

インタラクティヴな繋がりの中から立ち上がる今回のツアー

つまり、今回のツアーは、『i,i』というアルバムの制作の過程でジャスティン・ヴァーノン自身をかつての重圧や孤独から解放させた、音楽はひとりのリーダーにメンバーが従うことで生まれるものではなく、複数の個人のインタラクティヴな繋がりの中から立ち上がるものだーーそんな実感をオーディエンスと分け合うもの、そんな風に考えることも出来るだろう。「僕らのライブ・ショウはそういうエートスを反映した良い例だと思う。観客の誰もがインスパイアされて呼応しようと思えるような、オープンで信頼感があり、弱さもさらけ出すようなエネルギーを伝えようとしている。それが上手くいったときには、そのイベントが演奏者だけじゃなく、その場にいる全員を巻き込んだもののように感じられるんだ」。

作家という特権的な存在から、ただ受動的なだけの観客に与えられるだけのものでもなく、演奏者たちと観客との間のインタラクティヴな作用から浮かび上がるコミューナルな空間。そんな2時間のサンクチュアリを生み出すべく、彼らはアジアにやってくる。「僕の心の底からの願いは、自分以外の誰かに対する共感する力を持った誰かが、この音楽の中に自分自身を見出してくれることなんだ。でも、それは高望みだと思ってもしまうんだよ」と、自らのアートの目的について訊かれたヴァーノンはこんな風に謙虚な言葉を綴った後にこう続けた。「だからこそ、僕はただ、人々が個人としてより力強く感じられて、ひいてはコミュニティやサブコミュニティとしてより力を感じられるよう願ってるんだ」。

それゆえ、ここからは自らがそんなコミュニティの一部であり、フロントマンとして前に出ることを望まないヴァーノン自身の願いを尊重する上で、敢えて発言者の名前を記さずにすることにしたい。すべてはボン・イヴェールという名前のコミュニティからの「声」だと思って欲しい。現在、彼らのショーでは、家庭内暴力の問題を抱える人を助けたり、ジェンダーの平等性を推進する地域組織と協力し合う2・ア・ビリオン・キャンペーン(https://2abillion.org)を行っている。これもまた、彼らが作品やライヴ・ショーで目指しているのと同じ、比較的恵まれた境遇にいる人々と、様々なマイノリティや移民、虐げられた人々との間に存在する不平等や格差を是正しようとする動きがどこか階級闘争や世代闘争にすり替えられてしまった分断と衝突の時代に対する取り組みにほかならない。

もしかすると、2020年代初頭におけるポップ・ミュージックの役割とは、ただ自らの苦境を克服するだけではなく、こうした時代に向き合い、何かしらの和解と調和、全体性を獲得することの可能性をオーディエンスに鼓舞することなのかもしれない。「最近はすべてにおいて自分が正しいという風に考えやすくなってしまっている」。何故こうした時代が訪れたのかについての質問に対する彼らの答えはこうだ。「自分の意見がおうむ返しに返ってくるようなアルゴリズムのおかげで、誰もが自分と考えの近い人間同士のグループにまとめられて、それ以外のグループと何らかの討論をしようとすれば、すぐにヴァーチャルな怒鳴り合いになってしまうんだ」。

実際、ポップ・ミュージックの世界でさえ、元来はユニバーサルな言語として異なる人々を結びつけることこそが音楽の特性であったにもかかわらず、ジャンルやそのファンダムの違いによってむしろ分断をもたらすこともあるという現状がある。こうした状況に対し、彼らはどんな風に向き合っているのか。「答えを持つことよりも、その質問を自分自身に問いかけ続けることが大事だと思う。僕自身は、自分たちがみんな人間で、みんな思っているよりも共通点が多いんだってことを忘れずにいようと努力している。自分が親切に、忍耐強く接してもらえるとよりオープンで寛容になれるからね。自分もできる限り忍耐強く親切に接して、そういう心を日常のやりとりにも反映するように心がけていんだ」。

「例えば、一年とかの短い期間の中という観点で音楽について考えることより、世界の歴史全体や、録音された音楽と録音されない音楽ーーそんな視点から音楽を捉えることの方がずっとわかりやすいんじゃないかな」。つまり、目の前で起こっている現実や惨状に一喜一憂するのではなく、悠久の歴史の流れの中のこの瞬間における自らの役割にフォーカスすること。彼らのアートやステージ・パフォーマンスはそうした俯瞰的な視点から生み出されているのかもしれない。「僕には、ただ音楽を作ることそのもの、音楽というスピリットの中に存在することだけで十分に誇りに思えてしまう。そんな風に謙虚な気持ちになってしまう体験なんだよ」

では、ライヴ・セットという二時間前後のつかの間のコミュニティの一員である我々オーディエンスが、そこからそれぞれの日常に何を持ち帰ることを彼らは望んでいるのか。「帰属意識。変化と成長の感覚。よりオープンになるための行動の呼びかけ」。「インスピレーションと、自分の中に見出した何らかの灯を世界にもたらそうという意思だね。僕らはみんな、自分が懸命になる対象を見つけないといけないんだ」。

最後に、こうした時代において、表現者としての一番の役割、彼ら自身が考えるポップ・ミュージックの役割についても改めて訊いてみることにしよう。「弱さをさらけ出しながら、同時に、強くあること。アートが必ずしもただのエンターテインメントだけである必要はないと示すこと。アートは心を広げ、人間の精神を祝福するものであることを示すことだね」。是非そんな彼らのパフォーマンスを自らの目で実際に目撃して欲しい。そして「秋のアルバム」の向こうに広がる新たな季節を感じてほしい。



Edited by The Sign Magazine


<INFORMATION>

2020年1月21日(火)・22日(水)
Zepp Tokyo
OPEN 18:00 / START 19:00
2階・指定席:¥9,600(別途1ドリンク代)1階・スタンディング:¥8,600(別途1ドリンク代)
※価格は全て税込み※未就学児(6歳未満)入場不可
https://www.livenation.co.jp/show/1281179/bon-iver/tokyo/2020-01-21/ja


『i, i』
ボン・イヴェール
JAGJAGUWAR
発売中


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