江沼郁弥が語る、ソロになって1年で得た逞しさと弱さへの対峙

江沼郁弥



・自分の中の善と悪とか、それ以外の膨大なもの中で、ずっとバランスを取り続けている。

江沼:今、自分に起きていることって、現代病っぽいなと思うんです。例えば「リンゴとバナナ、どっち食べたい?」と訊かれて、どっちか選べないって、ヤバいじゃないですか。今起こっていることは、それのめちゃくちゃ情報量多い版っていう感じがして。自分が、なにを選択していくのか……それを選ぶ自分の基準って、30年も生きていれば自然に持てるはずなんだけど、それがバーッとなくなって時代に消されていくような感覚になって……すごく怖いんですよ。こういうことって、もしかしたらみんな直面しているんじゃないかなって思う。だから、自分の中に静かな場所、穏やかな場所は確保しておきたいんです。そうすることで、今を逞しく生きていくためのマインドセットになると思うんですよ。

—それこそ、僕は『それは流線型』を聴いたとき、「逞しいな」と思ったんですよね。

江沼:それは良かった。伝わってますね(笑)。

—厭世感とか、絶望感みたいなものはものすごく濃く漂っているんだけど、そのうえで「生きるしかない」って腹を括っている人の音楽に聴こえたんですよね。

江沼:それはもう、僕の性格ですね。手相占いしてもらったときに、「二重感情線がある」と言われて。最初はめっちゃ生命線が短いと思ってたんだけど、どうやら感情線がふたつあって人よりも感情が多いらしくて。だから、自分の中の善と悪とか、それ以外の膨大なもの中で、ずっとバランスを取り続けている感じなんだろうなって思うんです。基本的には怒り属性だけど、それと、今の自分が求めている「静けさの波」の間でバランスを取っている。このアルバムは、そういう状態で作った感じです。

—“偽善からはじめよう”とか、タイトルからしてすごいですよね。

江沼:これはもう本当に……。「偽善」って、ヤバくて(笑)。

江沼郁弥 - “偽善からはじめよう” 2019.06.06 つくり笑いの合併症 at Zepp Tokyo



—ははは(笑)。

江沼:失敗したわけではないけど、この曲では、「偽善の底」みたいなものには到達できなかった。偽善って、突き詰めて表現しようと思うと、途中で偽悪っぽくなるんですよ。でも、そうすると偽善ではなくなってしまう。偽善から入って辿り着いた偽悪って、ウルトラマンのために登場してやっている怪獣みたいなもので、それはもはや善なんですよね。つまり、偽善を描こうと思うと、永遠に「偽」を追いかけ続けることになってしまって。

・無駄をどんどん削っていって、前に進んでいく、その逞しさが、すごく人間っぽい。

—例えば“うるせえんだよ”なんかも、終わりがない曲ですよね。1曲の中で、相反する感情が反転し合いながら描かれている。だからこそ、“うるせえんだよ”とか、“偽善からはじめよう”みたいに、タイトルは敢えて、聴き手に投げつける感じだったり、断定的になっていたりもするのかなと思って。やっぱり、作品を作ることはなにかを保存することだし、どれだけ曖昧なニュアンスを捉えようとしていても、最終的にはなにかを言い切らないといけないものなんだろうと思うんですよね。

江沼:うん、うん。“偽善からはじめよう”みたいな言葉は、ある種、看板として必要なんですよね。「こういう歌ですよ」って言わないと、なんの歌だかわからなくなる可能性があるから。別に「どっちかわらない」っていう状態を描きたい歌だったら、曖昧でもいいのかもしれないけど、僕の場合は「偽善を掘り下げたい」みたいな明確な目的があって始めていることだから。だから“偽善からはじめよう”は、視点が偽悪に移った時点で「これ、違うな」と思って、ブツ切りにして、最後のラインに<僕のイマジネーション>っていう言葉を足して、書くのをやめたんです。だから、まだ模索中なんですよね。

—なるほど。アルバム自体のタイトルにもなっている『それは流線型』という言葉は、江沼さんの中にあるどういうものを捉えているんですか?

江沼:流線型というものが「逞しいな」って思ったんですよ。流線型って、新幹線とか、飛行機とか、あと魚とか……どんどん加速して前に進んでいくために、あの形状になっているわけですよね。無駄をどんどん削っていって、前に進んでいく、その逞しさが、すごく人間っぽいなと思って。今回のアルバムはそういう作品にしたいと思ったし、そういう作品を作り続けたいと思った。そういう人間でありたいなとも思ったんです。今の時代はすごい速度で過ぎていくから、表層的なものを作っても、すぐに流される。だからこそ、時代を貫いていくものが必要だと思って。

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