2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて

2017年のコーチェラ、ケンドリック・ラマーのステージ終演後に映されたのは「結束」の2文字だった。(Photo by Kei Wakabayashi)


フランク・オーシャンのオレンジ

個人的な感慨で言いますと、2010年代の音楽はフランク・オーシャンに尽きているんです。2012年に『Channel Orange』が出てLPを注文したんですが、まだ届いていません。フランク・オーシャンのファンにしてみれば、10年代は「チャンネル・オレンジのアナログの到着を待っていた時代」ということになります(笑)。なんにせよ、自分にとって時代の“気分”はすべてフランク・オーシャンに含まれているという感じがあります。



日本の10年代っていうのは、ある意味「ポスト震災」の時代とも言えるかと思うんですが、日本人にしかわからないことばにしづらい「震災後」の感覚も、フランク・オーシャンの音楽のなかには含まれているような気さえするんです。うまく言えないんですが、何かが決定的に失われてしまった感覚とか、遠くに過ぎ去ってしまった感覚というか、そういうものがあるんですね。夕焼けを見るたびに、自分は「ああ、フランク・オーシャンのオレンジだ」と思って、とても感傷的な気分になるんです。

あとどこの空港で聞いてもものすごくハマるのもフランク・オーシャンの音楽の大きな特徴だと思っています。どこで聴いてもカッコいいし、違和感がないんです。あの独特の音のレイヤー感のせいなのかとも思うんですが、ラジオで受信したみたいな感じ、あるいは、どこからでもネットにアクセスできる感覚みたいなものが音のなかにあるんですね。その感覚を他のアーティストもこぞって真似しようとしましたけれど、あの感覚には誰もなかなか到達しないですね。

世の中がホントにクソみたいになってどんどん混乱が深まっている状況に対する怒りと、ミレニアル世代っぽいナイーブな優しさと諦念のようなものが絶妙に配合していて、ある意味ノスタルジックなんですが、でも何に対してノスタルジーを感じているのか、もはやわからないみたいな、ノスタルジアを感じる回路だけが残っていて、その対象が見つからない、そんな切なさを感じるんですよね。

2010年代はそんなにいい時代ではなかったんだと思うんです。みんなが抱いていた希望がどんどん裏切られ続けて「こんなに下らないことにしかならないわけ?」「もっとましなやり方はないわけ?」という思いが募っていった時代だったのかなと。とはいえ、その一方でこれまで前景化することのなかった声が前に出てきたことはあったので、そっちの方向が、次の10年にはもっと拡張されるといいなと思ってます。みんなが無駄に右往左往してたのが、ちょっとずつ落ち着き出したという印象はあって、そこには少しばかり希望をもっていますよ。


Photo by Kei Wakabayashi

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