2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて

ビヨンセとガールズパワー

NPR Musicは10年代を総括するシリーズ記事のなかでビヨンセに一章を割いていましたが、ビヨンセが果たした役割は、いろんな意味で大きかったと思います。NPRは、彼女の功績を以下の5つにまとめ、ビヨンセが2010年代を定義したとまで言っています。「音源のサプライズリリース」「女性黒人に対するエンパワーメント」「ソーシャルメディアの扱い方」「音楽ジャンルの融解」「アルバムとの向き合い方」。

ビヨンセがすごいのは、みながSNSで必ずどこかで自爆するなか、あらゆる社会的なコンテキストにコミットしながらも、ほとんど炎上したりブーメランに合うことなく「ビヨンセ」という聖域を守り抜いたことだと思います。かなり激しいアクティビズムを展開しながらも、いつも清潔さを失わない。その流れを2018年のコーチェラ出演からの2019年の『HOMECOMING: The Live Album』で締めてみせました。見事なものです。

またジェイ・Zと夫婦で組んだカーターズの「APESHIT」は、ルーブル美術館という白人カルチャーの殿堂においてMVの撮影を行ったものですが、西洋文化の本丸に黒人的身体をもって侵犯し、メインストリームの白人カルチャー・西欧文明のなかにずっと隠されて存在してきた異教的なものや周縁的なものにフォーカスすることで白人主体の世界史を編成し直すという、大胆な試みでもありました。


“ビヨンセ、双子出産後初となった圧巻のパフォーマンスを10のエピソードで振り返る”より(Photo by Andrew White)

ちなみに2019年は、アメリカに初の奴隷船が到着してから、ちょうど400年目にあたる年で、ニューヨーク・タイムズが「1619」という特集面を作り、それがものすごいバズを呼んで、ポッドキャストのシリーズも大ヒットしたりもしました。ダイバーシティや#MeTooのような現在の視点を通して、いま一度歴史を読み直そうという試みは、黒人マーチングバンドの伝統を用いて過去のヒット曲まですべてを読み替えた『Homecoming』においても強調されていたことでしたが、これはブラック・ジャズにおいても顕著に見られた傾向だと思います。

ブラック・ライブズ・マターと#MeToo的が交錯する地点においてアリス・コルトレーンの再評価が進み、その影響をすぐさまソランジュが最新作『When I Get Home』に反映することで、忘れられていた歴史がアクチュアルなものとして現在化されていきます。おそらくいま「最重要ジャズ・アルバム10枚」といった企画をやったら、かつてわたしたちの世代が教わったような定番のセレクトとはまったく違うものになると思います。少なくとも半分は女性じゃないといけないという縛りだって、今後はデフォルトになっていくはずです。

男女比という話で言いますと、2022年までに音楽フェスの出演アーティストの男女比を均等にしようという「Keychange!」というキャンペーンがあり、その誓願に世界中の200以上のフェスティバルや音楽団体が署名しましたが、そうしたことが実現されていくことについては、自分はとてもポジティブに受け止めています。女性のミュージシャンが増えることに個人的には何ひとつ不都合はないですし、むしろ音楽の世界において女性がマジョリティになるなんてことが起きたら、音楽史が新たなフェーズに進みそうな気さえしますよね。

個人的には、いま面白いと感じるアーティストは女性の方が圧倒的に多いですし。サマー・ウォーカーとかティエラ・ワックとか、普通に天才だなと思いますし、ちょっと前の時代だったら、もしかしたら彼女らはシーンに存在できなかったかもしれないと思うと、やっぱりいい時代だなとも思うんですよね。


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