2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて

2017年のコーチェラ、ケンドリック・ラマーのステージ終演後に映されたのは「結束」の2文字だった。(Photo by Kei Wakabayashi)


音楽は「商品」ではなく「通貨」

音楽はそれ自体でマネタイズすることがかつてのようにはできなくなっていますが、それでも相変わらず素晴らしく強いコンテンツですし、共感をもって人を束ねるのにこれほど強い効力を発揮するものもありません。音楽それ自体はお金を生まなくても、そこにある価値観を共有した人が集まってくるわけですから、音楽のまわりに集まった人たちに向けてどんなやり方で消費にコミットしてもらうことができるのかを試行錯誤する、というのがこれからのビジネスの順番になっているのかもしれません。音楽をもってコミュニケーションの回路をまずは開き、たくさんの人とつながっていくことでそこに新たなビジネスチャンスを開拓していくという、そういう流れなのかなと。音楽はすでに「プロダクト」(商品)であるよりも「通貨」に近いものになってるのかもしれないと思ったりするんです。

以前、ゴールデン・ティーチャーというグラスゴーのバンドに取材したんですが、「グラスゴーの音楽経済はどうですか?」と聞いたら「そんなものないよ!」と即答されたことがあるんです(笑)。みんながデイジョブをもっていて、それをやりながらバンドを掛け持ちしてるという感じなんですが、曲をレコーディングして、とりあえずSoundCloudに上げておくと、近所のライブハウスに呼ばれたりするわけです。で、そこで演奏をすると「なるほど、自分たち作った曲はこういう曲だったんだ」とわかってきて次にやることが見えてくるし、そのライブを観てた誰かが次のライブに誘ってくれる。そんなことを次々とやっていくと「ほらね、日本にまで来れちゃっただろ」って(笑)。わらしべ長者みたいな話なんですが、ここでの音楽は、もはや商品じゃないんですよね。



自分はメディアの仕事をしているわけですけど、メディアの仕事の面白いところって「取材」と言えば初めての人でも結構会ってくれたりすることで、それを記事にして出してみると「自分も取材されたい」なんていう人が出てきたりして、そうやって飛び飛びしながら動いていくと思わぬ場所にたどり着くことがあるところなんですよね。つまりひとつの記事が次の出来事を呼び込む起点になっていくということなので、とりあえず動くきっかけになってくれればそれでいいというようなところがあるんです。音楽ももしかしたらそういうところがあるのかもしれないですね。

先日、Dos Monosというヒップホップグループのメンバーの方とお話する機会があったんですが、明確に「コンテンツ」よりも「コミュニケーション」の方が先立つと言っていました。「コンテンツ=商品」という考えはすでに相対化されてしまっているものなのかなと思うんです。とくにヒップホップでは「作品=アルバム」という概念が希薄じゃないですか。客演=コラボがデフォルトの文化ですし、職人的に作品を煮詰めていくというよりは、その場のインスピレーションや創発といいますか、そういうことを基盤にしたアートフォームだと思うので、より「その時その場」のクリエイションが重視されるんだと思います。完成品よりもプロセスそのものが大事というか。

2019年の初頭にラッパーのJ・コールが100人以上のラッパーやトラックメーカーをスタジオに集めて「ラップキャンプ」を開催し、そこでできた音源をアルバムとしてリリースしましたけれど、あれこそヒップホップの原点なんだろうと思うんです。その場にいる人とコクリエイションしていくという。完成品の完成度よりも、そこで生まれるコミュニケーションの密度や、そこから生まれる意外性の方が優位に置かれて感じがするんですよね。


「ラップキャンプ」の模様を捉えたドキュメンタリー映像

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