2020年代の希望のありか:後戻りできない激動の10年を越えて

2017年のコーチェラ、ケンドリック・ラマーのステージ終演後に映されたのは「結束」の2文字だった。(Photo by Kei Wakabayashi)


アーティスト主権の時代へ

いまお話ししたみたいなデジタル社会の良し悪しの双方は、音楽の世界でも顕著に表れた10年だったんだろうとは思います。Apple MusicやSpotifyのようなサブスクリプションサービスが基盤の環境となってアーティストやレーベルの首根っこをある意味抑えてしまうわけですが、とはいえ一方のアーティストはアーティストで何百万人というフォロワーという勢力を盾に、そうした巨大企業と戦うこともできるようになってはきていまして、2014年にテイラー・スウィフトがいきなりSpotifyから音源を引き上げたような、そういうドラスティックな行動を取ることができるようにもなりました。

なんの予告もなくいきなりアルバムを投下するのはビヨンセによって一般化した手法ですが、音楽家の活動を、もはやレコード会社もプラットホームであるディストリビューターもコントロールできなくなったのは、この10年で完全にデフォルトになったことで、業界は彼らの動きを後追いするかたちで、どうそれをサポートしていくのかというところに自分たちの役割を再び見出してきているように見えます。

そういう意味でいえば数ある配信先のなかから、どのサービスを利用していくのかという決定権はアーティストの選択に委ねられていく格好になっています。10年代はSoundCloudがヒップホップのスターを多く輩出した一方で、メジャーなアーティストもBandcampを利用しはじめるようにもなりました。Bandcampは、ずっと地道なマーケットプレイスモデルを堅持してきたプラットフォームですが、非常にクラシックな収益モデルをブラさずに守り続けてきたことで、どこよりも高い信頼を勝ち得ているのは音楽ファンとしては嬉しいですよね。彼らのエディトリアルも、いま一番と言っていいくらい面白いですし。

これはNetflixやAmazon PrimeのようなSVODのプラットフォームを見ていて感じるんですが、サブスクリプションサービスは、膨大なカタログを必要とする上、膨大なユーザーを捕まえなくてはいけないモデルなので、一体どこまでお客さんを取り続ければ商売が安定するのかが、どうもまだ不透明なように見えます。ユーザーを増やすためにはプレミアムなコンテンツが必要で、そのためにはお金がかかるので、その分だけユーザーを取らなくてはいけない。どこまで行けばブレイクイーブンになって安定したビジネスになるのか見ていてちょっと怖いところがありますよね。

音楽や動画コンテンツのサブスクリプションモデルへの移行は逆らえない流れではあるのは間違いないとは思いますが、そこにばかり依存し過ぎるのは危険なんじゃないないかという感覚は、コンテンツホルダーであれば、おそらくどのレイヤーの人も感じているのではないかと思います。いずれにせよサブスクリプションの収益で食えるのはほんの一部のトッププレイヤーだけだと言われていますから、そもそも収益源としてアテにならないという問題もありますし。


“ブランドがラッパーに投資、ヒップホップがもたらす音楽業界の新たなマネーフロー”より

そうした意識があってなのか、音楽活動はもはや音楽だけを扱うものではなくなっているのもデフォルトになってきた感があります。カニエ・ウェストが自身のアパレルブランド「Yeezy」を大ヒットさせ、リアーナがLVMHグループから「Fenti」を、ペギー・グーがFarfetchと組んで「Kirin」というファッションブランドを立ち上げたりするのを見ているとミュージシャンは、いまやブランドビジネスの非常に強力な起点でもあるのを感じます。そのブランド力をアーティスト本人がコントロールすることで、いよいよ360度ビジネスがこれからも加速していくのでないでしょうか。


つくり手はもっと自由になる

ビヨンセのライブ映像作品『HOMECOMING』は制作主体が彼女自身の会社「Rockwood Entertainment」で、その制作パートナーとしてコーチェラを主催するA.E.GやNetflixといった企業が選ばれているわけですが、お金の流れは詳細にはわかりませんが、ほぼ対等な立場でビジネスが組まれている感じがするんですよね。ライブの段取りから映像化まで自分の会社でやってしまえるから、制作面の全てをセルフコントロールできる。コンテンツをもっている側からすれば、組み先として、Amazonを選ぶのか、あるいはNetflixなのかHBOなのかは、もはや「どの“土管”を通すか」というだけの話になってきているように見えます。



どの配信業者も、強いファンベースをもった強いコンテンツメーカーのコンテンツは欲しいわけですから、配信プラットフォームが増えていけばいくほどに売り手市場になっていくのであれば、これはいい傾向のように思います。ディストリビューションを担当するプラットフォーム側は、YouTubeみたいにユーザージェネレイティッドな仕組みでない限り、常にコンテンツが足りない状態に置かれるようになると思うんです。なので、Netflixみたいなサービスの生命線は、面白い企画を開発できる人びとと、どれだけつながっていられるのかというところにあるかと思います。優秀なクリエイターがどんどん企画もってきてくれるような環境づくりが必要なんですね。

もちろん、彼ら自身からも積極的に声がけしているのだとは思いますが、いずれにせよ配信プラットフォームは、制作者・コンテンツクリエイターのマーケットをどれだけアクティベートできるかが大きな課題であるはずなんです。であればこそ、マーティン・スコセッシのような巨匠が参入してきたり、ちゃんと賞レースで競えるような作品を製作することにも意味があって、それは視聴者に対するメッセージであると同時に、世界中のクリエイターに対してのメッセージでもあるはずです。そこが一流の制作者が集うプラットフォームで、他のチャンネルではできない思い切った企画をやれる場所であることを証明することは、すでに名をなした巨匠だけでなく、若手のクリエイターにとっても魅力的に見えるはずです。

こういう流れがさらに進んで行けば、コンテンツのつくり手側にある種の自由やゆとりが生まれてくるようにも思います。NASが出資するヒップホップ・レーベルの「Mass Appeal」みたいに、ディストリビューションの部分はパートナー企業にすべて委ねて、自分たちは映画制作から音楽レーベルまでコンテンツの制作しかやらないといったビジネスモデルも可能になってきていますし、あるいはトラヴィス・スコットくらいのスターになれば、「遊園地をやりたい!」って言い出すと、もうそれだけで行政や市長までも動き出して実現できちゃうわけです。もちろん、これは大きな知名度と巨大なファンベースがあって可能になることですが、ほかにはないユニークなコンテンツをつくることができて、オーディエンスの姿を明確に可視化できるクリエイターであれば、スモールスケールでも同じ戦い方ができるようになっていくのかなと期待しています。
 

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