斉藤壮馬、音楽への偏愛を語る「ピート・ドハーティの言葉には魔法がある」

J-POPを歌う声優の歌ではない「ワルツ」

ー「ワルツ」はリズムもそうですけど、サウンドも複雑というか広がりがありますね。

斉藤 これは相当ギターが難しいらしいです。むしろ、ライブで弾くのは不可能なんじゃないかってチームの皆さんも言っていました。「memento」はいわゆるリードトラックの雰囲気を作ろうと意識したんですけど、「ワルツ」に関しては“僕はこういう曲が好きなんです”という主張を出してもいいかなって。だから、J-POPの声優の歌としては禁じ手というか、珍しい点が多い。Aメロ、Bメロ、サビという構造になっていないし、サビはずっとファルセットですしね。僕個人としては、こういう曲のほうが書きやすいし、好きだという想いがあって。プロデューサーさんとも、徐々にこういう曲も入れ込んでいこうと話していて。アレンジャーのrionosさんは「C」という曲でもアレンジしてくださって、この曲はトイポップと賛美歌というイメージだったんですけど、非常に良いアレンジをしてくださいました。



自分で書いといてあれですけど…レコーディングはめっちゃ大変でしたね(笑)。音程が低い部分と高い部分が明確にわかれているし、歌詞を書くのも大変で。だけど歌詞はこのアルバムの中でも気に入っています。飛べなくなってしまった彼女に対して僕らイコール精霊が歌うっていう歌詞なのですが、その彼女は天使で、でももう自分が天使であることを忘れてしまっている。大気中にいる精霊のことはもう感じられなくなっているんだけど、精霊たちは“君は精霊を感じられなくなってしまっているけど、大気中にはたくさんの精霊たちがいるから大丈夫だよ”と。わりとファンタジーな曲ですが、今回は全体的にファンタジックな歌詞にしたいという思いがあって。というのも、「memento」という曲が1曲目にできたのですが、アルバムタイトルを『my blue vacation』にしたのも、“もしも世界が終わるなら、それまでの時間って最後のバケーションじゃない?”というニュアンスなんです。「memento」の歌詞ができた時に、“今回のEPはちょっとファンタジックな歌詞のイメージでいこう”と思って。形は違えど6曲ともファンタジックな曲になっています。

ーさっき禁じ手と言いましたけど、お話をお伺いしていて、アーケイド・ファイヤーとかミステリー・ジェッツというのがすごく腑に落ちました。「ワルツ」にすごく惹かれる理由のひとつも、日本のポップスとは全然違う曲だから。

斉藤 確かに。これをキャラソンで歌えって言われたらすごく難しいと思います。でも、「ワルツ」は自分的にもすごく好きでよくできているなと思います。

ー斉藤さんのバックグラウンドにある海外の音楽やカルチャーの影響は、ファンのみんなさんは知っているんですか?

斉藤 どうなんでしょう。アーケイド・ファイヤーやミステリー・ジェッツとは言っていますけど、そもそも私的な音楽への興味と定期的に話す場所がないので、ご存じない方もたくさんいらっしゃると思います。自由に音楽をかけられるラジオとか、ぜひやってみたいですね(笑)。日本の音楽だと、ART-SCHOOLさんとかSyrup 16gさんとかGRAPEVINEさんとはよく言っています。今みたいにYouTubeがなかった時代に、ふとある曲を聴いて、“これってもしかしてあの曲をオマージュしてるのかな?”って自分で文脈をつないでいく楽しさが原体験にあって。ちょうど僕の世代はサブスクの過渡期というか。最初はカセットで聴いていたし、CD、MD、iPodが出てきて、アルバム単位で“コンセプト”という概念がある最後の世代かなって気がします。

前回の「quantum stranger」は、わりと自分の歌活動の第1期としてまとまったと思っていて。今回は第2期だと思っていたんですけど、作ってみたら意外と第1.5期。「quantum stranger」の最後に「結晶世界」という曲が入っていて、系統的には「memento」と同じなんです。視点が違うというか。同じ世界の終わりとか終末への眼差しを変えたのが、今回のEPだと思いますね。今までやってきたことを突き詰めるとどうなるのか?という検証が、これで終わったというか。じゃあもう一度いろんなことを考えながら、また別のものを作ろうかなという感じですね。



ーちゃんと音楽的なステップを考えているなと。

斉藤 声優としてやらせていただいてる以上、ある程度のエンタメ性はあったほうがいいと思っていて。難しいことを歌ったり書いたりしても、ポップさがあるのが大前提。エンタメとして、ポップに聴けるような耳触りにしたいと思いますね。僕は本を読んだり音楽を聴いたりしていても妄想するのがすごく好きなので、何でもかんでも答えを明かすのはもったいないと思っていて。自由に聴いてほしいけど、例えば“こういうガイドラインも引けます”みたいな。曲を聴いて考察をしてくださって、自分でも気づかなかった歌詞の暗喩みたいなものが不意に見える瞬間が面白いんです。

あとは歌詞が短い曲。自分で歌詞を書いていて、いつも長いなと思っていて。「るつぼ」はそれこそ歌詞を短くしたいと思って書いたんですよ。「Tonight」も歌詞が長くなっちゃったので。「Tonight」はリフレインかつバースとコーラスしかない、あまり盛り上がらないような、いわゆる洋楽っぽい曲は面白いんじゃないかなと。最近はプロデューサーの黒田さんやアレンジャーのSakuさんとも話していて、“Bメロっていらなくない?”みたいな。あと、3サビもいらなくない?みたいな(笑)。「ワルツ」はまさにそうなっています。決められたフォーマットじゃなくて、もっとヘンな曲をやってもいいんじゃないかなって思いますね。もちろんそういう曲ってこれまでにも無数にあるんですけど、「声優の楽曲だからこう」というような考え方であまり自分を縛らなくてもいいんじゃないかな、と。



ー話を聞けば聞くほど、音楽側の人なんだなって思いが強くなります。

斉藤 こういう機会がないと、ゆっくりと音楽の話をする場所が意外となくて。雑誌のインタビューをよく読んでいた世代なので、もちろんインタビューしていただけるのも嬉しいです。今まではこういうインタビューの場で、あれも好きですこれも好きですと、記録に残せば誰かが見てくれるかもしれないと思っていたんですけど、最近はそこまで必死じゃなくてもいいんじゃないかなと。その時に好きなものを好きですって言えばいいよなって。

あとなぜか最近、自分の中でブリットポップリバイバルで。アレンジャーのSakuさんからアンプをもらったんですよ。そのアンプにギターを差して弾いてみたら、オアシスの1stとか2ndアルバムあたりのギターの音が鳴って何か懐かしいなと。何回聴いても、ブリッドポップっていいムーヴメントだったなって。自分の世代的にはリバティーンズとかブロック・パーティーでしたけど。





ーザ・ヴァインズとか?



斉藤 めちゃくちゃ好きですね。クレイグ・ニコルズはいい声してますよね。超イケメンだし。“Nirvana meets The Beatles”ってすごいこと言うなと。確かにそうだなって。ヴァインズとかそれこそビートルズもそうですけど、コーラスワークがすごくキレイ。あれを自分1人でやるのはすごく大変じゃないですか、レコーディングの時間もかかるし。ゆっくりと時間をとって、予算と時間があればやりたいですけど。やってもいいよっていう場所をいただける限りは、いろんなことをやりたいです。自分の歌い方をもっと変えてみたり、ペイヴメントくらい極端にローファイな曲を作ってみたり。聴いてくださる方がいるからこそですが、完全に自分の趣味100%という音楽もやりたくて。でもそれは別名義でやったほうがいいだろうなと。斉藤壮馬の歌である以上は、ポップさや耳馴染みの良さを大事にしながら、どこまでできるのかを考えていきたいなと思います。

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