J-POPの歴史「1982年と1983年、70年代のムードを断ち切った転換点」

1983年7月15日にはファミリーコンピューターが発売された (Photo Illustration by Guillaume Payen/SOPA Images/LightRocket via Getty Images)



1982〜83年は空前のアイドルラッシュ

1982年、83年、空前のアイドルラッシュです。例えば、82年、石川秀美、伊藤さやか、小泉今日子、中原めいこ、早見優、堀ちえみ。83年、飯島真理、荻野目洋子、80年には柏原芳恵、河合奈保子。こういう人たちがどっと出てきているんですね。今改めて振り返ったときに、70年代はシンガーソングライターが全盛でした。当時の言葉を使えば、シンガーソングライターは「こちら側」だとして、アイドル・芸能界は「あちら側」。70年代はシンガーソングライターがデカい顔をして、「俺たちの時代だ」と出ていった時代です。しかし、80年代の幕開けとともに「あちら側」の人たちも負けてたまるか! ということで、芸能界総反撃が起こり、それがこのアイドルラッシュになったんだろうなと改めて思ったりしますね。

その中で孤軍奮闘していたのが松本隆さんでした。82年83年は「70年代は終わったんですよ」ということを、はっきり見せてくれた年だったと思います。80年81年も新しい流れが始まっていましたが、どこか70年代の名残があった。81年にアリスが休止し、82年の6月にこの人たちが武道館10日間で幕を下ろした。この結末によって確実に終わった。そんな気がしました。オフコース「Yes-Yes-Yes」。

オフコース / YES-YES-YES


1982年6月に出たシングルですね。7月に出たアルバム『I LOVE YOU』に入っていました。5人のオフコースの最後のシングルです。これは、チャートが1位になっていなくて、6位なんですよね。2月に出たシングル「言葉にできない ⁄ 君におくる歌」は37位です。いかに当時のオフコースもサブカルだったか。中高生、20代前半くらいの女性にとっては本当にかけがえのない人たちになっていたんですが、シングルチャートはなかなか届かなかった。シングルチャートがいかに別物だったのかというのも、このころのひとつの現象ですね。

武道館10日間公演、これは当時の記録ですね。最終日、全部演奏が終わって、いわゆる客だしのBGMでこれが流れたんです。お客さんの大合唱になって、メンバーはそれを袖で聴いていたという伝説の曲です。去年、小田さんはアリーナツアーをやりましたけど、この曲を歌っていましたね。お客さんもかなり歳はとりましたが、みなさんいい表情で大合唱を繰り広げていました。オフコースの功績、いっぱいあります。例えば、ツアーのクルーが本格的に組まれていったのがオフコースでしょう。拓郎さんもそうでしたけど、オフコースには映像チームもいて、大画面をステージに使った。武道館の大画面でひまわりがいっぱいに映し出されたりする。これはオフコースならではの当時の演出でした。

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