ラブリーサマーちゃんと学ぶ、「現実逃避の音楽」ドリーム・ポップの歴史

―黒田さんはシガレッツのことをどう見てます?

黒田:アウトプットは一見シンプルだよね。アートワークはモノクロで、楽曲も似たような感じが多い。でも、彼らは細かいニュアンスの差異にこだわり、膨大な情報量をギュッと絞り込んでる感じがする。あそこまで(曲調が)シンプルなのに退屈しない要因はそこじゃないかな。

ラブサマ:わかります!

黒田:本人はいろんな音楽に精通しているみたい。グレッグはデスメタルをやってた時期もあるし、ジャズやアンビエントも好きらしい。BABYMETALやYMO、コーネリアス、林原めぐみといった日本の音楽にも興味があるとか

―林原めぐみ! 『スレイヤーズ』とかも好きなんですかね。

黒田:ドリーム・ポップでいうと、中性的な声はライっぽいよね。デヴィッド・リンチ監督の『ツイン・ピークス』などで歌っているジュリー・クルーズにも通じるところがあると思う。




―ラブサマちゃんはドリーム・ポップ全体でいうとどうですか?


ラブサマ:好きなのは好きですけど、どこまでがドリーム・ポップなのかよくわからない……。そもそも、どういう定義なんですか。眠気を誘うような音楽のこと?

黒田:いい質問(笑)。もともとは批評家のサイモン・レイノルズが使い出した用語なんだよね。90年代初頭のイギリスで、マイブラやスロウダイヴ、ライドといった元祖シューゲイザー・バンドが台頭したときに、サイモンはその浮世離れしたサウンドを“ドリーム・ポップの一種”というふうに定義している。

ラブサマ:たしかに、ドリーム・ポップとシューゲイザーは共存してるとも言えますよね。

黒田:で、ドリーム・ポップの元祖といわれているのが、80年代前半に登場したコクトー・ツインズ。エリザベス・フレイザーによる幽玄な歌声と、モジュレーション(揺らし)系のエフェクターを駆使したロビン・ガスリーのギター、官能的なムードと優美なサウンドスケープは、シューゲイザーにも大きな影響を与えた。彼らが所属した4ADは、レーベル設立者のアイヴォ・ワッツ・ラッセルによるプロジェクト=ディス・モータル・コイルを筆頭に、多くのドリーム・ポップ勢を輩出している。




―コクトー・ツインズは宇多田ヒカルのお気に入りとしても有名ですね。グレッグも当然のように影響を公言しています。

黒田:シガレッツの音楽がコクトー・ツインズと特別近いとは思わないけど、グレッグがテキサス出身なのもあって、彼らはカントリーやフォークの曲をカバーしてるよね。そこは実にドリーム・ポップっぽい。

―というと?

黒田:グレッグは以前、「コクトー・ツインズのルーツにはフォーク・ミュージックがあると思う」と言ってたけど、本当にそのとおりで。ロビン・ガスリーはマーク・ガードナー(ライド)と一緒に、『Universal Road』(2015年)というフォーキーなアルバムを共作しているし、ガイ・チャドウィック(ハウス・オブ・ラブ)のめちゃくちゃフォーキーなソロ作『Lazy, Soft & Slow』(97年)もプロデュースしてる。スロウダイヴの主要メンバーも、解散後にモハーヴェ3というカントリーに影響を受けたバンドで活動していた。そう考えると、シガレッツは彼らと深いところで繋がっている感じがする。



シガレッツがカバーした「Neon Moon」、原曲はカントリー・デュオのブルックス&ダンによるもの

黒田:ちなみに、コクトー・ツインズ以前にもドリーム・ポップの礎となった音楽は存在していて。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Sunday Morning」や、ジョン・レノンの「夢の夢」(#9 Dream)とか。甘いボーカルも通じるものがあるし、リヴァーブがいっぱいかかった夢見心地のサウンドだよね。それから、最初に引き合いに出したロネッツ。彼女たちをプロデュースしたフィル・スペクターが、「ウォール・オブ・サウンド」によって実現させた深いエコーもドリーム・ポップと繋がっている。「Be My Baby」とか象徴的だね。

―最近亡くなったハル・ブレインが叩く「ドンドドンッ、パンッ!」ってイントロも、ジーザス&メリーチェイン「Just Like Honey」からラナ・デル・レイ「Lust for Life」まで、ドリーム・ポップの名曲に受け継がれています。




黒田:あと、ドリーム・ポップ特有のささやくような歌い方や高音ボーカルは、フレンチポップの影響も大きいんだよね。グレッグはフランソワーズ・アルディが一番好きなシンガーと言ってたし、セルジュ・ゲンスブールについても「セクシャリティに対してオープンで、あの時代ではとても過激な存在だった」と語っている。セルジュの『メロディ・ネルソンの物語』や、あのアルバムに影響を受けたベックの『Sea Change』もすごくドリーム・ポップっぽい内容。フォーキーな演奏にめちゃくちゃリヴァーブかけてたり。

ラブサマ:私もベックだと、あのアルバムが一番好きかも。



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