ハリー・スタイルズ密着取材「心の旅で見つけたもの」

母親のアンについて

カルテットと数時間レコーディングした後、Casamigos(テキーラの銘柄)の瓶が開いた。クエイルード司令官が自らドリンクを注ぎ、今この曲に必要なのは、素人集団によるコーラスだとの結論に達した。彼の言葉を借りれば“マペット・ヴォーカル”。彼は手あたり次第に人々をマイクの周りに集めた。テイクの合間に彼はピアノへふらりと向かい、ハリー・ニルソンの「ガッタ・ゲット・アップ」を弾き始めた。コーラスの中には、彼に村上春樹の小説を教えたクリエイティブ・ディレクターのモリー・ホーキンスもいた。「みんな『ノルウェイの森』を読むべきだわ」と彼女は言う。「私が本をあげた人の中で唯一、ちゃんと読んだのはハリーだけよ」

スタジオでひと仕事終えた後だったが、数時間後、全員でローランドのライブを観に街の反対側にある場末のバーへ向かった。彼は地元のバンドに、ベースとして参加していた。ハリーは会場を探しながら車を走らせ、LAのダウンタウンの風景をちらちら眺めた(「LAみたいな高慢ちきな街だけだよ、ロサンゼルス・ストリートなんて道を作るのは」)。店に入って、奥のバーにもたれかかる。客の年齢層は高めなので、誰も彼の素性を知る由もない。彼はすっかりご機嫌で、薄暗い酒場で誰にも知られずくつろいでいた。ステージが終わり、バンドはPBR(訳注:70年代に流行ったビール、パブスト・ブルー・リボンのこと)で乾杯していると、野球帽を被った年配の男性が近づいてきて誇らしげにローランドをしっかと抱きしめた。ローランドのピザ屋のボスだった。

夜も更けたころ、ハリーは人気のないサンセット大通りへ車を走らせた。街を散策するのに、彼が一番好きな時間帯だ。スティーリー・ダンのアルバムの中で最高傑作はどれかという話題になり、彼は『キャント・バイ・ア・スリル』は『エクスタシー』よりも優れていると言って譲らず、気を取り直して「ミッドナイト・クルーザー」を腹の底から熱唱し、この件にケリをつけた。今夜のハリウッドはきらめく光やまばゆいクラブ、レッドカーペットに満ちている。だが、この街で一番キュートなポップスターは、運転席で「ダーティ・ワーク」のサックスソロの音色に合わせて歌っていた。





Photograph by Ryan McGinley for Rolling Stone

数日後、地球の反対側、ロンドンにあるハリーの家。贅沢だが、いかにも若い独身男性のねぐららしく、こちらには壁一面を覆う巨大なセックス・ピストルズのアルバムジャケット、あちらにはスティーヴィー・ニックスの『The Other Side of the Mirror』のアナログが無造作に床に転がっている。彼は母親のアンとお茶の最中だった。品格といい物腰といい、息子と瓜二つだ。「パブに行ってくるよ」と母親に告げる。「ちょっとトークしてくる」 。アンは優しく笑って「どうせ野郎トークでしょ」と言った。

雨の中、彼の行きつけのパブへ向かう。彼は『スパイス・ワールド』のパーカーを来て、ロンドンの雨の1日を満喫していた。「ああ、ロンドンよ!」と、彼は大げさに言った。「この場所がどんなに恋しかったことか」。雨が降っていたが、彼は外のテーブルを希望した。そしてミントティーと巨大なフィッシュ&チップスを囲んで午後中ずっとしゃべりまくった。筆者がトーストを頼むと、ウェイトレスが一輪車ほどもある食パンをまるまる1本持ってきた。「イギリスへようこそ」とハリーが言った。

Translated by Akiko Kato

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