ハリー・スタイルズ密着取材「心の旅で見つけたもの」

ハリー・スタイルズ(Photograph by Ryan McGinley for Rolling Stone)



東京で村上春樹の本とともに迎えた誕生日

「人間はコーヒーだけじゃ生きられない」とハリー。「だけど、試してみるのは悪くないね」。彼は今日何杯目かの、そしておそらく最後ではないアイスアメリカーノをすすった。再びハンドルを握り、次のスタジオへと向かう――今度は実際に仕事をするためだ。今日はストリングスの多重録音の日。ハリーは頭のてっぺんからつま先までグッチできめていた。唯一の例外は、70年代の擦り切れたロックTシャツ。ヴィンテージショップで見つけたお宝で、“Commander Quaalude(クエイルード司令官)”と書いてある。

ドライブ中、彼はジャズピアニストのビル・エヴァンスの曲をかけた――1959年の楽曲「Peace Piece」。ちなみに、彼の携帯の起動サウンドもこれだ。彼がジャズにはまったのは、日本での長期滞在中のこと。彼はどこかへ身を隠し、誰にも知られずに過ごすのが好きだ。1stアルバムの時はジャマイカに逃避行した。この1年は日本を数カ月間放浪して回った。



2月、彼は25歳の誕生日を東京のカフェで、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を1人読みながら迎えた。「ムラカミが大好きなんだ」と本人。「彼は好きな作家の1人。前はあまり読書が好きじゃなかった。集中力が続かなくてさ。だけど、前に付き合ってた人が何冊か本をくれて、読まなきゃって気になった。読まないと、彼女からバカだと思われるからね」

友人から教えてもらったのが、村上春樹の『ノルウェイの森』だった。「たぶん人生で初めて、1日中ずっと読んでいたいと思った本だ」と彼は言う。「まさに村上流のバースデイを過ごしたんだよ。東京で一人きりだったからね。朝食に焼き魚とみそ汁を食べて、それからカフェに行った。そこでお茶を飲みながら、5時間ずっと読書した」


Photograph by Ryan McGinley for Rolling Stone

スタジオでは、彼が弦楽器隊をチェックしていた。自分が求めるヴァイブを説明するのに、エンジニアに頼んでT.レックスの「コズミック・ダンサー」を流してもらっていた。彼がガラスのこちら側で、Neveのミキサー卓に座ってミュージシャンに指示を出すのを楽しんでいるのがよくわかる。何度かリハーサルした後、インカムボタンを押してこう言った。「いいね、T.レックスっぽいよ。今まで聴いた中で最高のストリングスだ」。さらにもう一度ボタンを押して、付け加えた。「君たち最高だよ」



彼は仕事仲間として、プロデューサーのジェフ・バスカーやタイラー・ジョンソンなど、気心の知れた風変りな集団を選りすぐった。ギタリストのミッチ・ローランドは、ハリーと出会ったとき、LAのピザ屋で働いていた。2人はデビュー・アルバムのために曲を書き始めたが、ローランドがピザ屋の仕事を辞めたのはレコーディングの2週間前だった。中でもとくに親しい仕事仲間は、彼の親友でもあるトム・ハル、またの名をキッド・ハープーン。長年フローレンス・アンド・ザ・マシーンと仕事してきた人物だ。ハルは感情豊かなイギリス人で、気持ちを表に出すタイプ。ハリーは彼を「僕のエモロック」と呼び、ハルは彼を「ゲーリー」と呼ぶ。

デヴィッド・リンチ財団で超越瞑想のコースをハリーに勧めたのはハルだ――毎朝20分間の瞑想で1日を始めるのだが、これには2人とも四苦八苦している。「あいつの中には、現世を超えた英知とやらいう不変性があるんだ」とハル。「だからこそ、楽曲で感情の旅を続けてきたのさ」。ハルは12歳年上で、スコットランドに妻と子供がいる。ハリーについて語るときの彼は、荒っぽいが愛情あふれる兄貴のようだ。

Translated by Akiko Kato

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