ビートルズを「批評」した映画『イエスタデイ』

「ヘルプ!」を歌うシーンに込められた意味

シーランからのお墨付きを受けて最初は成功をエンジョイしていたジャックだったが、熱狂的なファンが世界中に増殖していくのを目の当たりにして、徐々に精神を追いつめられていく。故郷でデビューアルバムのリリース記念ライブに臨んだジャックは、遂に耐えきれなくなって「ヘルプ!」を歌い出す。

「Help, I need somebody/Help, not just anybody/Help, you know I need someone, help(助けて!/誰でもいいわけじゃないけど/僕には誰かの助けが必要なんだ)」

だが心からの叫びだったその曲は、単なる格好いい新曲としてファンに受け取られてしまう。

ライブ会場であるホテルの屋上が、ビートルズのドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』で行われる屋上ライブとよく似ていることから一見ジャックが「ヘルプ!」を歌うのも、ストーリーに合わせて適当に曲を割り振った結果に思える。

でもビートルズのファンならば「ヘルプ!」の誕生秘話を知っているはず。作者のジョン・レノンが「ヘルプ!」を書いた動機は、過熱するファンに完全にプライバシーを奪われたストレスによるものだった。それなのに「ヘルプ!」はビートルズ主演の同名コメディ映画の主題歌に使われ(映画の出来は最高だけど)、ジョンの真意はファンに伝わらなかったのである。そこからジョンはどのように心の平静を取り戻していったのか? それはラブ&ピースを歌うことによってだった。

こうしたジョンの人生をまるでなぞるかのように物語はこれ以降、ジャックとエリーの恋の行方とジャックがファンを欺いていた罪にどう落とし前をつけるかに焦点が当てられていく。

そう、『イエスタデイ』を軽いコメディ映画のカテゴリーに留めながらも、ボイルとカーティスは同時になかなか深いレベルでビートルズ批評をおこなっているのだ。




『ヘルプ!』
ザ・ビートルズ
主演映画『ヘルプ! 4人はアイドル』の挿入曲を中心とした1965年作。ボブ・ディランに触発されてジョンが作った「悲しみはぶっとばせ」 や、バンド随一の有名曲なのにポール以外のメンバーは演奏していない「イエスタデイ」など、以前よりもメンバーの個性が鮮明になった充実作だ。



『イエスタデイ』
全国劇場で上映中

長谷川町蔵
文筆家。最新刊は小説『インナー・シティー・ブルース』(スペースシャワーブックス)。その他の著書に『文化系のためのヒップホップ入門』(w/大和田俊之)、『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』、『聴くシネマ×観るロック』など。

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