マキタスポーツが語る、「音楽」と「お笑い」を融合させた芸への道

Rolling Stone Japan vol.08掲載/Coffee & Cigarettes 16| マキタスポーツ(Photo = Mitsuru Nishimura)

音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。ピン芸人として活躍するマキタスポーツは、昨年音楽活動20周年を迎えた。「音楽」と「お笑い」を融合させた芸を完成させるまでには、試行錯誤の連続だったという。今回はその表現のこだわりについて聞いた。

Coffee & Cigarettes 16 | マキタスポーツ

2012年公開の映画『苦役列車』で「第55回ブルーリボン賞」の新人賞を(43歳で!)獲得し、以降は俳優としても引っ張りだこの存在となった、お笑い芸人マキタスポーツ。

彼の持ち芸である「オトネタ」は、いわゆる既存の楽曲を声マネで歌うのではなく、例えばミスチル風や奥田民生風、サザンオールスターズ風など、そのアーティストが「いかにも書きそうな楽曲」を作り上げるという、例えばビートルズのパロディ・バンドであるラトルズ辺りを彷彿とさせる「クオリティの高さ」が特徴である。しかも、そのルーツは意外にも長渕剛のラジオ番組にあるという。

「確か僕が中学3年の頃かな。長渕さんがラジオで『ギター講座』という企画コーナーをやっていて。そこで作曲方法や歌い方のモノマネを披露していたんですよ。ギターのコードを鳴らしながら『吉田拓郎だとこんな感じになるよね』とか、いろんなピッキングスタイルを紹介し『こうやるとカントリーっぽくなるでしょ?』とか。『語るように歌えば、ボブ・ディランみたいでしょ?』って。それを聴いているうちに、『音楽って面白いかもしれない』と思うようになっていったんです」

ビートたけしやタモリに憧れ、もともと人を笑わせるのが大好きだったというマキタスポーツ。長渕のラジオに感化され、浜田省吾や松山千春、桑田佳祐、佐野元春など、自分が好きだったアーティストの作曲方法をマネた「オトネタ」の原型を友人の前で披露し、笑いを取るようになった。

「でも、当時はそれが芸になるとは思っていなかったんですよ。模倣から始まって、最終的にはオリジナルへと昇華されていくべき楽曲の、いわば『できそこない』みたいなものじゃないですか。長渕さんの『乾杯』と、サザンオールスターズの『いとしのエリー』をマッシュアップした『いとしのエリーに乾杯』みたいな楽曲が(笑)、のちにオトネタとして笑いを取るなんて、当時は考えられなかったかな」

「音楽」と「お笑い」を混ぜた芸がやりたい。10代の終わり頃には漠然とそう考えていたマキタスポーツだったが、例えば当時人気のあった米米CLUBやバブルガム・ブラザーズとは、目指す方向性が全く違っていた。

「規模もセンスも全然違いますからね、そもそも手が届かないというか(笑)。とはいえ、クレイジーキャッツやおとぼけCatsのような、コミックバンドをやる場所もなさそうで。その間を縫うようなことが何かできないかなとは考えていました。バンドを組んで、ライブハウスに出ていたこともあるんですよ。それは、今思うと『演奏のできるゴールデンボンバー』みたいな。演奏が終わると、そのままメンバーとの漫才になったり、クリップボードを使ったネタをやったり、お客さんに仕込みを入れて、喧嘩をしてみたり……(笑)。そのうちメンバーから『なんでこんなことやんなきゃならないんだ?』と言われ、上手く説得することができずに空中分解してしまうんですよね。それが20代前半」

Photo = Mitsuru Nishimura

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