クイーン『オペラ座の夜』を演劇と融合させた野田秀樹のイマジネーション

『Q』という物語のベースになっているものとは?

そんなアルバム『オペラ座の夜』はヒット曲「ボヘミアン・ラプソディ」の派手な存在に目を奪われがちだが、どの曲にも多くの物語、多くの仕掛けがありネタの宝庫で、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』同様に何回聴いても、飽きることのない名盤というわけだ。そこを野田は見事にとらえてくれていた。実際、野田はアルバム全体、1曲1曲の細かい内容、言葉、背景までしっかりと分解し、『Q』に有機的に融合させている。

もう少し具体的に解説をしよう。そもそもこの『Q』という物語、ウィリアム・シェイクスピア不朽の名作、『ロミオとジュリエット』がベースとなっている。「もし、ロミオとジュリエットが生きていたならば……」。野田がウィリアム・シェイクスピアの悲恋の名作において、対立するモンタギュー家とキャプレット家の争いを、12世紀の日本、源氏と平氏の争いにおきかえ、そこに奇想天外な発想を加えたロミオとジュリエットの後日譚だ。

主人公・源の愁里愛(じゅりえ)を演じるのが広瀬すず。そして愁里愛が恋をしてしまう平の瑯壬生(ろうみお)を演じるのが志尊淳。対立する源氏と平家。敵対する家柄なのに恋に落ちた源の愁里愛と平の瑯壬生の恋の物語が『Q 』のベーシスト・ストーリーだ。

が、ふと素朴な疑問が湧く。そもそも何故、野田は舞台を日本に移したのか? 野田の芝居では、時代や場所がトリップすることはよくあることだし、クイーンが大の親日家なのを考えれば、もはやそれだけで理由とはしては十分ではある。


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)


NODA・MAP第23回公演『Q』:A Night At The Kabuki(撮影:篠山紀信)

ただ、これは完全に筆者の妄想の領域なのだが、そこにも『オペラ座の夜』の影響が滲んでいるように思えてならない。『オペラ座の夜』には和のテイストが特にあるわけではないが、実は、ブライアン・メイは日本製の楽器をこのアルバムでかなり弾いている。筆者が知っている範囲でも「預言者の歌」でブライアン・メイが弾く琴。それと「グッドカンパニー」でブライアンが弾くウクレレがそれだ。



ただ、このアルバムは前述の通り全てメンバーによる人力演奏だけに、他にも日本製楽器(あるいは楽器に準ずるもの)が使用されていても不思議ではない。繰り返すが、筆者の想像とはいえ、このアルバムが日本と無縁ではないことが、物語の舞台を日本にさせた可能性はゼロではない。あるいは、そんな風に想像するのはとても楽しいし、このアルバムには聴く者に想像力を掻き立てる何かがある。

いささか音楽的マニアックな話になる過ぎてしまったので、『Q』と『オペラ座の夜』の関係性の話に戻ろう。この『Q』にはもう一組のロミオとジュリエットが登場する。松たか子演じる“それからの愁里愛(じゅりえ)”と上川隆也演じる“それからの瑯壬生(ろうみお)”だ。

この二人は“それから”が示す通り里愛と瑯壬生の未来の姿。野田の芝居で未来と現在が行ったり来たりすることも決して珍しくはないが、ここにもアルバム『オペラ座の夜』の影響を感じる。『オペラ座の夜』の収録曲「39」がそれだ。この曲、1939年に宇宙へ旅立った男が、100年後の2039年に出発した場所に戻り、自らの子孫に会うという話の歌だ。芝居のネタバレになるので、詳細は書かないが、この「39」が野田のイマジネーションを掻き立てたと想像するのは、やぶさかでないはないと思う。

『ロミオとジュリエット』が人々を魅了してやまないのは、禁断の恋、悲恋だからだ。つまり物語の肝となるのが両家の“対立”だ。その対立はやがて戦への発展し、戦の中で起きた殺しが、恩讐を増幅させてゆく。

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