田中宗一郎が考えるポップのメカニズムとは?「いくつもの価値観にブリッジをかける新たな価値観が生まれた瞬間にポップは生まれる」

ビリー・アイリッシュ(Randy Holmes via Getty Images)

音楽評論家の田中宗一郎と映画・音楽ジャーナリストの宇野維正が旬なポップカルチャーの話題を縦横無尽に語りまくる、音楽カルチャー誌「Rolling Stone Japan」の人気連載「POP RULES THE WORLD」。

2019年6月25日発売号の対談では、田中がポップのメカニズム、つまりある特定のジャンルやアーティストが元々のコミュニティ内での需要を越え、広くポピュラリティを得るときの仕組みについて論じている。

田中曰く、「あるコミュニティの価値観がその外側に次第に広く共有されていってポピュラリティを得るっていうメカニズムはファンタジー」だという。実際のところは、「Aという価値観とBという価値観があったとして、そのブリッジとなるCという価値観が新たに生まれた瞬間にこそ、ポピュラリティが発生するってことだと思う」という論を展開している。

田中 たとえば、60年代終わりのマイルス・デイヴィスにしてもさ、ロックを取り込むことでジャズはフュージョンに変化した。そのことで新たなファンダムも生まれた。でもそれは、マイルスが自分の価値観を増幅させたっていうことじゃなくて、異なるアイデンティティと出会って、カルチャークラッシュの中で彼が生まれ変わったってことだから。それがポップ表現だと思うの。ビリー・アイリッシュのブレイクだって彼女固有の価値観が広まったってことじゃなくて、いくつもの価値観に彼女がブリッジをかけた結果だよね。

それ故に、2010年代後半は「ラップがポップになった時代」と言われるが、それはラップがロックを片隅に追いやったことと同義ではないと田中と宇野は主張する。

田中:だから、ラップがポップになった時代と言っても、別にヒップホップという価値観が世の中に共有されたってことじゃないんだよね。2010年代のある時期、ヒップホップがポップとして機能したってこと。でも、たとえば、日本のイジイジしたロック原理主義的なリスナーというのは、そんなことさえわかっていなかったりする。

宇野:ラップという勢力によって、ロックという価値観が追いやられた、っていう被害者意識を持っているっていうことですからね。実際は、そんな図式的な勢力争いではなくて、もっと根本的な時代と社会の変化があったのに。

田中:そう。たとえば、チャイルディッシュ・ガンビーノの最大の魅力は、やっぱり彼のアイデンティティが引き裂かれていて、不確かだからこそ、どんな人にも扉が開かれていることだと思うのね。それって60年代のロックや70年代のルーツ・レゲエが世界言語になったのと同じだよね。ポップのメカニズムって、そういうことだよね。

本誌での2人の会話は、2010年代半ばからUKラップが面白くなった理由、北米のラップ・フィーバーとポピュリズムの関係、さらにはポピュリズムの時代におけるヴァンパイア・ウィークエンド『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』の意義について進んでいく。

Edited by The Sign Magazine

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