宇野維正と田中宗一郎が考える「現代のメディア状況と批評の役割」

ビリー・アイリッシュ(Photo by Erika Goldring/FilmMagic)

音楽評論家・田中宗一郎と映画・音楽ジャーナリストの宇野維正が旬なポップカルチャーの話題を縦横無尽に語りまくる、音楽カルチャー誌「Rolling Stone Japan」の人気連載「POP RULES THE WORLD」。

2019年6月25日発売号の対談では、宇野が「2010年代は、特に後半からはものすごい勢いで音楽シーンが変革されていって、ここ数年は世界中のメディアやジャーナリストが状況の追認と解説に終始せざるを得ない状況があったと思うんですよ」と切り出し、現代のメディア状況と批評の役割について問いかけている。

宇野:前回の連載から3カ月の間に、世界中の話題の中心だったのはビリー・アイリッシュとリル・ナズ・Xですよね? でも、みんな、「なぜ彼らが売れたのか?」というヒットの構造の話ばかりしてる。たとえばリル・ナズ・Xがヒットした理由は、後付けではいくらでも言えるわけです。黒人がカウボーイの格好をすることの歴史的、文化的な意味とか、Tik Tokがヒットの火付け役になったとか、あの曲がビルボードのカントリー・チャートから除外されて、カントリーのミュージシャンたちから擁護の声があがったことで、あの曲を中心とした議論が活発化したとか。そういった社会学や状況論に寄った分析は世界中のメディアがやっていますよね。でも、彼を見つけたのはメディアじゃなくて、ごく普通のリスナーじゃないですか。結局メディアはリスナーを追いかけているだけ、っていう構図があれほどデフォルメされたヒットはないなと思っていて。

田中はこうした宇野の問題意識を共有しつつ、2010年代後半の日本においては状況追認型の解説も意義があったと主張している。

田中:もちろん宇野くんの問題意識は完全に共有できますよ。ヒットの構造とその時代背景についての言説か、逆にひたすら音楽的なフォルムやディテールに言及することに終始してて、作品の社会的な側面にはまったく触れないっていうタイプの言説。見事に二極化してるっていう。ただ、状況追認型の解説というのも、ここ数年の間、日本語ネイティヴに向けた言説としては絶対に必要なものだった気もする。この対談が始まったのが2017年の年末。その一年前の年末には、WOWOWぷらすとで『2016年の音楽シーンを振り返る』って内容の番組をやらせてもらったじゃない? 西寺郷太くんがMCで、宇野くん、柴(那典)くん、俺っていうメンツで。やっぱりあの4時間近い番組の存在はそれなりに大きかったんだと思うの。



田中:個人的にも、当時の自分の一番の関心事だったヤング・サグのことをtwitterやクラブでのDJ以外で初めてアウトプット出来たし(笑)。あそこでようやく現行のポップ・シーン全般を俯瞰するって視点に対するニーズがあるっていう確信も持てた。それ以前、俺がテイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーについてtwitterで発言しても『タナソー、頭がおかしくなったんじゃないか?』みたいな反応が大半だったしさ。2016年っていうのもタイミングがよくて、このディケイドを通してもっとも豊饒な年だった。で、当時というのは、2010年代になって加速的に変化することになった北米中心のポップカルチャー全体の体系と、日本語ネイティヴのリスナーの知識や興味が今よりもずっと乖離してた。だからこそ、少なくとも当時は意義があったと思うんですよ。

宇野もその意義を理解する一方、ここ1、2年の日本における状況の変化を感じ取ることによって、モードが変わってきたという。

宇野:その重要性と、何よりもそのエキサイトメントが日本ではまったく共有されてないというフラストレーションが自分を突き動かしてきたわけですけど、最近ちょっとそのモードが変わってきたんですね。若い世代を中心にようやく共有されてきたなという実感と、共有してない人たちはもう本気で『変わりたくない』って思ってるんだろうなっていう諦めというか(笑)。

田中:でも、次の世代に向けて語りかけるのが我々の仕事でしょ。で、宇野くんの言う通り、2018年から2019年にかけては、ある程度、世の中全体が変わってきたっていう実感がある。だからこそ、我々の役割も変化していくべきだ、って話だよね。

宇野:まさにそういうことです。

本誌での2人の会話は、ファン・カルチャーの隆盛が批評に与えた影響や、批評が持つ「2つの役割」、そしてビリー・アイリッシュをいち早くプッシュしていた田中がそれをことさら騒ぎ立てることになぜ気乗りしないのか? といった話題へと進んでいく。

Edited by The Sign Magazine


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