追悼キム・シャタック ザ・マフスで歌い続けた「一人ぼっちだけど構わない」という強さ

ボブ・ディラン以外にもマフスを評価する著名ミュージシャンを幾つか紹介しておくと、まずはグリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロング。彼等のメジャーデビュー作『Dookie』(1994年)はマフスの1stアルバムから特大の影響を受けて作られており、だからこそどちらのアルバムもプロデューサーがロブ・キャヴァロなのである。スピッツの草野マサムネもラジオ番組で「メロディはキャッチーなんだけど、サウンドは攻撃的で、自分のバンドのレコーディングの時も参考にしていた」と語っていた。意外なところではマーティ・フリードマンが「From Your Girl」をオールタイム・フェイバリット・ソングの1つとして挙げており、ミュージシャン以外ではスピードワゴンの小沢一敬が一番好きな女性ボーカルのバンドとしてマフスを挙げていたのも印象深い。

とはいえ、著名人からの評価/トリビュートの中でもマフスのファンにとって特に大きな意味を持つのはオーストラリアのパワー・ポップ・バンド、ウェリントンズがマフスの楽曲タイトルを随所で引用しながらキム・シャタックへの敬意を表明した名曲「Song For Kim」だろう(PVはさらにマフスの「Sad Tomorrow」へのオマージュ!)。日本のファンからすると、ナードマグネットがこの曲の文脈を踏まえた上で「Song For Zac & Kate」と改題してウェリントンズのフロントパーソン2人に捧げる歌として日本語カバーしたことで、さらに特別な意味を持つ楽曲になった点も特筆しておきたい。

キム・シャタックの書く歌詞は諦観に満ちていて明るくはないものの、ユーモアがあり、曲調はカラッとしていて決して湿っぽくならないのも彼女のソングライティングの大きな特徴である。そして、トレードマークにもなっている強烈なシャウトで全てのネガティヴィティを吹き飛ばす! 「Outer Space」はそんな彼女のシンガー・ソングライターとしての魅力が端的に示された代表曲の1つだ。「今の私はミジメだけど/私と一緒にどこかに行かない?/この変な顔と一緒に」という歌い出しからしてインパクト大。「一人ぼっちだけど構わない」というキムの凛とした強さが伺えるフレーズが中盤で歌い込まれているのも重要なポイントだ。



さて、「Outer Space」も収録されている3rdアルバム『Happy Birthday To Me』(1997年)以降はロブ・キャヴァロの手を離れ、キム・シャタックによるセルフ・プロデュースでアルバムを重ねていくことになる(ちなみに『Happy Birthday To Me』はオリジナル盤だと「Produced by The Muffs」というクレジットだったが、2017年にリマスターされて再発された際には「Produced by Kim Shattuck」という表記も追加されている)。ここからがマフスの円熟期だ。特にキムが再結成ピクシーズに一時的にベーシストとして参加するなどの話題もあってから2014年に発表された6thアルバム『Whoop Dee Doo』は、マフスの全ての要素がバランス良く出揃った集大成的な1枚で、つまらないノスタルジーを抜きに楽しめるところも含めて入門盤として強く推薦したい。



『Whoop Dee Doo』発表後は4度目となる来日ツアーなどを行い、その後もライヴ活動を続けていたのだが、2017年夏にキムが「左手に力が入らない」ということで医者に行くと、ALSと診断される。病状は急激に進行し、2018年1月にはもう歩くことも喋ることもできなくなっていたとのこと。

結果的にキムの遺作となってしまった新作『No Holiday』は、キムが体を動かせなくなり声が出せなくなっても、ギリギリの段階まで録音作業が続けられた。パンドラスでのバンドメイトであったカレン・バセットの協力を仰ぎながら、キムは目とタブレットを使って指示を出して自宅スタジオでオーバーダビングを行なっていたらしい。メンバーのロイとロニーも「キムはALSで闘病中の身を押して、編集からアートワークに至るまで、全てに目を行き届けながら僕達の最後のアルバムをプロデュースしてくれました」とのコメントを残している。つまり、『No Holiday』というアルバム・タイトルは病魔に蝕まれていく中で作業を続けていたキムの「休んでる暇なんてない!」という心の叫びだったのだろう。

さあ、そんな渾身の力と想いが注がれたアルバムが世に放たれるまであと少し! 2014年の来日ツアー最終公演となった新代田FEVERでのライヴ終了後に楽屋で「(『Really Really Happy』から『Whoop Dee Doo』まで10年もかかったので)次のアルバムはもっと早く出してくださいよ!」とキムに言ったら、笑顔で「もちろん!」と答えてくれたこと、今でもはっきりと覚えてますよ!


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