香港人の写真家が見た「抗争の夏」

9月は新学年の始まり、中学生がストライキを発動し、遮打公園で集会した。230の学校から約4000人が参加した。(Photo by Chan Long Hei)

6月から7月にかけての香港といえば、雨季が明け、夏の日差しと熱い風がたくさんの人たちを旅へとかきたてる季節。しかし、2019年の6月より、香港は暗闇の中にいたのだ。毎週末には香港各地で抗議デモが行われ、官僚、警察、暴力団のスキャンダルが露呈。警察からの催涙ガスと発砲に若者たちが抵抗するという光景が日常となり、デモを取材する記者、現場にいる救急員までもが警察の標的となったのだ。

今まで文化的で楽しく魅力的な街だった香港は、一気に抗争の街となってしまった。2人のカメラマンのレンズを通して、この夏、香港に何があったのかをより深く理解してほしい。

はじまり──声を上げる市民、それを無視する政府

はじまりは2018年、ある事件がきっかけだった。それは台北で起きた殺人事件で、香港人男性の陳同佳容疑者が交際相手を殺害。この事件により、香港政府は《逃亡犯条例》と《刑事相互援助条例》の改正案を提出し、陳同佳を台湾に引き渡し台湾の法廷で裁くよう求めた。しかしその時点から、香港弁護士会の中国の司法制度への疑念が生まれ、改正案に対して一連の反対の声が上るようになった。一方で、台湾も改正案に協力しないと明言。論争の中、政府と親中派議員は改正案の通過を進め続け、それに対する反発で、改正案反対の旗を揚げる初めてのデモが起こり、13万人もの市民が参加した。それに続くように法律家たちによるデモも行われた。当時からこの運動を追跡し続けているフリーランスのフォトジャーナリスト陳朗熹(Hei)氏は、「当時は社会の反響はそれほど強くなく、今日のような状況に発展するとは想像もしていなかった。」と話す。

今回の運動の最初のターニングポイントとなったのは、6月9日の改正案反対の大規模デモである。参加者数が香港人口の7分の1である103万人に達したにも関わらず、香港政府はデモ終了後に市民の訴えを無視し、その日の夜に改正案の続行を発表したのだ。深夜には警察と市民の衝突が相次ぎ、参加者の多くの若者や学生は逮捕されてしまった。「あの夜は多くのプレッシャーがあり心が痛かったし、無力感にも苛まれ、泣きたくても涙も出ないほど辛かったんです。6月9日までは、警察がそんなふうに武力をもってデモ隊を追いかけ逮捕するのを見たことがなかった。デモ隊は全く武装などしていなかったのに…。」とHei氏は当時を振り返る。

Translated by Candy Cheung, Mariko Shimizu

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