ジョニ・ミッチェル、心に響く楽曲10選

Jack Robinson/Getty Images


「恋するラジオ」(1972年)

ミッチェルのマネージャーのデヴィッド・ゲフィンとエリオット・ロバートがレコード・レーベル、アサイラム・レコーズを始めたとき、彼女は1972年のアルバム『バラにおくる』のレコード契約をした。このとき、ゲフィンはミッチェルを「自分のためにヒット・シングル曲を作るべきだ」と説得したのである。その結果として生まれたのが「恋するラジオ」で、ラジオフレンドリーな2分半の曲に仕上がっている(「ヒットレコードを作れと助言した私をからかうような曲だった」と、のちにゲフィンが言っている)。実際に、この曲はそこそこヒットしたが、ミッチェルはヴォーグ誌に「私はアルバム・アーティストなの。シングル・アーティストじゃない。つまり、私はヒット・パレードとは無関係ということよ」と言っている。

「ア・ケイス・オブ・ユー」(1971年)

ローリングストーン誌のキャメロン・クロウとのインタビューで、「当時の私には自己防衛という意識がまったくなかった」と、アルバム『ブルー』をレコーディングした当時を思い出してミッチェルが語った。この作品の中心をなすのが、美しい別れの曲「ア・ケイス・オブ・ユー」だ。「でも、音楽でも自己防衛がまったくなかった点が利点でもあったわ」とミッチェル。彼女の歌詞は親密な相手と会話しているような雰囲気を醸す。純粋に面白い部分(カナダ国家を入れ込んでいる部分もある)が点在しているかと思えば、それ以外は悲しさしか感じない部分だったりと、かなり複雑な感情が入り混じっているのだ。この曲の奇抜さは一つの言葉(「あなたは『愛は魂に触れること』と言った」)が、「恋人の血は『聖なるワイン』だ」という型破りなフレーズにつながる部分だろう。

「ビッグ・イエロー・タクシー」(1970年)

ハワイ旅行中に書き上げた曲で、この旅行中、巨大な駐車場を見たミッチェルは落ち着きを失ってしまった。「ビッグ・イエロー・タクシー」は環境保護主義のベールをまとった失恋の歌だ(曲名が登場する歌詞に注目してほしい)。『レディズ・オブ・ザ・キャニオン』収録の楽曲で、初めてポップチャートに入った曲でもある。フォークソング的であり、少女の失態を歌う歌であり、エンディング部分ではミッチェルが音域の広さを自慢気に披露するが、最後に子供じみた笑い声を上げている。1974年の『マイルズ・オブ・アイルズ』のライブ版はチャートの24位まで上がった。

「リヴァー」(1971年)

リリースからしばらく経ってヒットとなったこの曲は、1971年のゴージャスなアルバム『ブルー』に収録されているが、この曲が人々に知れたのは発売から30年後のことで、映画『あの頃ペニー・レインと』と『ラブ・アクチュアリー』に続けざまに使用されたことがきっかけだったのだ。そして2000年代、「リヴァー」はクリスマス・シーズンに複雑な思いを抱く世代のクリスマスソングの定番となった。現在は、ミッチェルの曲でカバーされる頻度が2番目に高い曲(1番は「青春の光と影」)で、453もあるカバー・バージョンのうち彼女の公式サイトに掲載されているのは2つだけで、両方とも1990年より前にレコーディングされたものだ。興味深い事実は、「リヴァー」の歌詞がアーヴィン・ベルリンの「ホワイト・クリスマス」のオリジナルの歌詞と同類の心情を表現している点だ。

Translated by Miki Nakayama

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