9席のバーでつなぐ世界 新宿ゴールデン街「西瓜糖」 

いつも居心地のいい空間を作れる彼女は、どんな気持ちでカウンターに立っているのだろう。

西瓜糖には20~30代を中心に全国からさまざまなお客が詰めかけ、ピークにはすし詰め状態になることもしばしばだ。

ここへ行けば待ち合わせをしなくとも誰かがいるというのは部室のようでもあり、通学路にある友達の家のようでもある。

「かかってる音楽を話題にして場が盛り上がることもあるから客層を見てBGMを考えたりもする。プログレTシャツを着てる人がいたらザ・スミス流したり、若い女の子が多かったらカネコアヤノをかけたり。曜日ごとのスタッフによっても全然違って、アーティストのヌケメさんはASMRが好きだから氷が溶ける音のサンプリングかけたりとか。自分が立ってない日にお店に来ると別のお店みたいで面白いですね」

10代で上京した彼女は5年前からゴールデン街に立ち始め、今年の初夏に自分の店を開いた。

私は以前同じ場所で、自分の友達だけを呼び一晩だけのバーを開いたことがある。しかし、好きな人だけを相手に接客しているのにもかかわらず誰とも話せていないような気がして、人が来る度に自信をなくし、すっかり目を回してしまった。カウンターの中のめまぐるしさがひと段落した深夜「もう二度と接客をしない方がいいんじゃないか」と思いながら店を閉めた。

いつも居心地のいい空間を作れる彼女は、どんな気持ちでカウンターに立っているのだろう。

「元々そんな気が強い方ではないし気にしいだし、カウンターに立つ度に緊張してます。これからも近場に慣れないことを大事にしたい、慣れによって、狭いコミュニティの中でいいとされているもので終わっちゃうこともあるし。だからちゃんと遠くの人や別のジャンルへのアンテナを張り続けたいなと思います。生きていく上で、知り合いでもそうでない人でも『魅力的だな、信頼できるな、好きだな』と思う人に運良く出会えることがあるじゃないですか、その人に足る自分でありたいな。個人的に恥ずかしくない状態には持っていきたい。近くにいきたいとか対等になりたいというのとはまた違って、そういう光って見えるものに対して切実な姿勢を保っていきたい。やっぱり不本意なことってあるじゃないですか、誤解から好かれることも、嫌われることも。そういう事柄と切り離されていたいというか。そのために、さっき言ったような姿勢や、自我の健全なバランスを大切にしたい。自立してると身軽だからね、身軽でありたいなと」

店名の「西瓜糖」はR・ブローティガンの小説『西瓜糖の日々』を由来とし、作中での西瓜糖は世界を築くマテリアルになっている。カウンターの隅には冒頭の一節が飾られている。

〈あなたがどこにいるとしても、わたしたちはできるだけのことをしてみなければならない。話を伝えるためには、あなたのいるところまではとてもとても遠く、わたしたちにある言葉といえば、西瓜糖があるきりで、ほかにはなにもないのだから。〉



左 石山蓮華
埼玉県出身。オリジナルDVD『石山蓮華の電線礼讃オリジナルDVD』発売中。主な出演作は、映画『思い出のマーニー』、舞台『遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-』、ラジオ「アフター6ジャンクション」、テレビ「ナカイの窓」など。趣味は電線、配線の写真を撮ること。
Twitter:https://twitter.com/rengege

右 はくる
ゴールデン街五番街「西瓜糖」オーナーママ。
Twitter:https://twitter.com/silonica
https://siktt.tumblr.com/

西瓜糖
ゴールデン街五番街 歌舞伎町1-1-6
Twitter:https://twitter.com/bar_suikato


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