9席のバーでつなぐ世界 新宿ゴールデン街「西瓜糖」 

Photo by Renge Ishiyama

顔を出さない「はくる」のTwitterアカウントには5万人以上のフォロワーがおり、その中には著名な作家や翻訳家、アーティスト、編集者などが並ぶ。

ウェブに載せられた映画や展覧会の感想、ちょっとした言葉選びからは一貫した趣味の良さとどこかノーブルな雰囲気が感じられ、清潔な余白のある写真たちはタイムラインに作られたギャラリーのようでもある。ただ、彼女自身の実体はどこか透けていてつかめない。

「地元にいた頃、行きたいとこもないし話が合う人もいなかったからインターネットを始めたんです。『生きた心地がしない』と思って。せめて同じようなばつの悪さを感じてる人としゃべりたかった。それが小4ぐらい。私にとってのインターネットは、人生の解像度が似てる人を探し出して仲良くなれる手段。同じような言葉を使ってる人とか、何を見てどう感じるかとか、そういうのをわかったほうが人はちゃんと仲良くなれると思ってる。その頃はSNSもまだ発展してなかったから、インターネットで趣味や感覚を元に知り合った人はあくまでも「素性のわからない他人」だっていう風潮が今以上に強かった。地元は浅野いにおの漫画とか『リリィ・シュシュのすべて』を連想させるどこか淀んだ雰囲気のあるところで、クラスの8割がギャルとヤンキーで、あとの人はVOCALOIDとかアニメとかが好きな人達だったけど、そういう趣味もなかったからできるだけ当たり障りなく生きることに力を注いでた。私は、たまたま同じ地域に生まれて同じクラスに入っただけの人のほうがよっぽど他人だと感じていたし、常に違和感があったから十代のうちに上京したんです」

ゴールデン街五番街にある2階建てビルにすとんと収まった木製のフラットな扉。真鍮で吊り下げられた白い看板には「西瓜糖」とある。

今年の五月、はくるさんが開いたバー「西瓜糖」だ。

狭い階段をおそるおそる上がってみると、やわらかい明かりのなかにL字のカウンターが浮かんだ。

白い壁には気鋭の写真家・木村和平の作品や、白根ゆたんぽのイラストなどが飾られ、Twitterから伝わる彼女の趣味の良さがそのまま空間になっている。

「普通に生きてると狭い趣味の合う人って知り合えなかったりとか、バイト先でも本当の趣味は隠したりとかするじゃないですか。このお店のお客さんはマイナーな趣味を持った人や、写真家とかイラストレーターとか仕事が専門的なひとも多い。普段は誰とも共有できない話をしにくる人も多いし、生きづらさみたいなものが似てる人を探しに来る人もいる。そういうひとたちが緩やかにつながるための共通言語を提供する場所になっているのかなと思います。初めて来た人同士でも、私も昨日同じ展示見ましたとか、その映画気になってるみたいな、似たベクトルの興味を持ってることもよくあって、本当に0から親しくなるっていうのとはまたちょっと違うかもしれない。Twitterではノンジャンルに演劇の話も本の話も映画の話もするから、お客さんにも何かしらの文化的なものが好きっていう人が多い。ゴールデン街はたとえば『あそこは映画のお店』みたいに一つのジャンル特化型の店の方も多いけど、私のお店はカジュアル過ぎず玄人向け過ぎず、オールラウンダー的なところでやっていけたらなと思ってる。あとはやっぱり、みんなの顔が見えるこのテーブルの広さ、お店の広さっていうのも人を繋げるところで役立ってる気もする。ストレートなカウンターだったら端の人同士はあんまりしゃべらないけど、このカウンターだと一番端っこの人同士も仲良くなったりしてるから。1個のこたつにみんなで入るみたいな。宅飲みっぽいよねL字カウンター」

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