音楽界のアウトサイダー・ヒーロー、ダニエル・ジョンストンが逝去 享年58歳

フォークアーティストのダニエル・ジョンストンが9月11日に逝去した。(J Mcconnico/Sony Classic/Kobal/Shutterstock)


高めのテノールで声を震わせて歌うジョンストン独自の歌い方と、「Life in Vain(原題)」、「True Love Will Find You in the End(原題)」、「Walking the Cow(原題)」などに織り込まれた愛と人生に関するシンプルな歌詞は、今後も人々の心に残るだろう。彼の楽曲から聞こえるのは、真面目さと憧れでうずく彼の歌声であり、その独特な魅力が多くのアーティストたちに支持された。カート・コバーン(インタビューで何度もジョンストンを「最高のソングライターの一人」と述べている)は、1992年のMTVビデオ・ミュージック・アワードの授賞式でジョンストンのアルバム『Hi, How Are You(原題)』のTシャツを着ていた。コバーン以外では、フレーミング・リップス、デス・キャブ・フォー・キューティー、ブライト・アイ、ベックがジョンストンの楽曲をカバーしている。



「僕を大好きな人もいるし、見世物小屋の出し物みたいにからかう人もいる」と、1994年のローリングストーン誌のインタビューでジョンストンが語った。「以前の僕はあらゆる精神障害を患った完璧な精神病質者って状態だった。もちろん殺人鬼とか危ない人じゃなかったけど。そうだな、行き過ぎたテディベアって感じ。(中略)僕をからかいたいなら、僕をからかって楽しいなら、それはそれで構わないよ、本当に。だって、それは僕が彼らを楽しませているってことだから。きっと僕はみんなが知っている以上にコメディアン気質なのかもしれないよ」と。

2005年のドキュメンタリー『悪魔とダニエル・ジョンストン』は、彼の音楽と物語を広く世間に知らしめた。この中には、ジョンストンが搭乗していた二人乗りの飛行機の窓から鍵を放り投げるという、ショッキングなシーンも含まれていた。

「うん、あれは恥ずかしかった。過去のひどいジレンマも、伝説となった間違いも、今の僕にはどうすることもできないよ。あの場面には(コメディドラマのような)笑い声をつけてくれたら良かったのにと思う。だって実際に可笑しいから」と、2005年にオースティン・クロニクル紙にジョンストンが明かしている。

ジョンストンは、5人兄弟の末っ子として1961年1月22日に、カリフォルニア州サクラメントで誕生した。その後、家族はウェストバージニア州ニューカンバーランドに引っ越し、そこでジョンストンはビートルズや当時のロックミュージシャンの音楽に心酔する。ファースト・アルバム『Songs of Pain(原題)』を作ったのが1980年で、その3年後にインディーレーベルのホームステッド・レコーズからリリースした『Hi, How Are You』で商業的にブレークした。

「子どもの頃、教会から出ると、みんなが握手をしながら『Hi. How are you?(やあ、元気かい?)』と言っていたんだ」と、ジョンストンが2018年にオースティン・クロニクル紙に話している。「その挨拶をいつも聞いていたし、老衰で亡くなった人の遺体が安置されている葬儀場でも、この挨拶を聞くことがあった。まだ子供だった僕に葬儀屋さんが「Hi. How are you?」って言ったんだ。あのアルバムの始まりはそこだよ」と。


1992年に『Hi, How Are You(原題)』のTシャツを着たカート・コバーン(Photo  by GettyImages)

この頃、ジョンストンはテキサスに引っ越し、家族と共に生活するようになった。オースティン近辺で自分の音楽を吹き込んだテープを無料で配り始め、それが徐々に話題となり、MTVが彼の特集を組むまでに至った。MTVで紹介されたことにより、デッド・ミルクメン、マイク・ワット、ソニック・ユース、バットホール・サーファーズなどのカレッジロック・サーキットのアーティストたちの注目を集めた。そして、1992年にはアルバム『Yap/Jump Music(原題)』収録曲を使って、リヨン・オペラ座バレエ団が25分の演目を上演し、世界中のギャラリーが彼のアート作品を展示したのである。

Translated by Miki Nakayama

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