ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由

この日以降、僕はミュージシャンの首の動きに取り憑かれ、ライブでもYouTubeでも首の動きに注目し続けた。同じ演奏者でもダウンで取ってる曲とアップで取ってる曲がある。つまりダウンで取ったほうがマッチするリズムとアップで取りたくなるリズムとがあるわけだ。たまに曲の途中でダウンとアップが入れ替わることもある。

またバンド全員がダウンで取っている曲と、バンド全員がアップで取っている曲、ダウンで取ってるメンバーとアップで取ってるメンバーとが混在する曲がある。つまりダウンで取りたくなるかアップで取りたくなるかには個人差があって、でも大まかな傾向は存在するようだ。

困ったのはこのアップの取り方、すぐには真似できないことだった。1回、2回ならできるけど、続かない。さらに楽器を演奏しながらとなると、悲惨なほどできない。なので音楽を聴いてるときも、歩いてるときも、とにかくアップで取る練習。ダウンと同じくらい難なくできるようになるまで、4カ月くらいかかった。

なにしろ最初にアッと思った瞬間、確信めいたものがあったのだ。よくアメリカ産の黒人音楽には、特有のノリとかグルーヴがあるって言われる。でも、それってほんとに黒人にしかできないのかな。いまどきはDAWに取り込んで波形を観察することで、グルーヴの正体はだいぶわかってきているし、コンピュータ上でそれを再現することも可能だ。

ただ自分の肉体で楽器を演奏するとなると、欲しいフィーリングがいつも出せるかといえば、これはやっぱり、難しい。どう難しいかというと、すぐにフィーリングが出せる曲と、どうやっても出せない曲とがあった。そして、黒人のプレイヤーたちがアップで取りがちな曲こそが、自分がノリを出せないタイプのリズムであることに気づいたのだった。

ってことはだよ? アップが取れるようになったら、あの憧れてたノリが出せるようになるのではないか。アッと気づいてからここまで考えるのに2秒くらい。まさにエウレーカな瞬間だった。そしてこの考えはどうやらビンゴだった。

アップでリズムを取れるようになってから、苦手にしていたタイプのリズムのノリが明確に良くなって、というか「っぽく」なっていった。しつこく観察を続けたおかげで、この曲ならダウンで取るな、この曲ならアップで取った方がハマるな、という読みの精度も上がった。一緒にプレイするドラマーと、同じノリを共有している時間帯があきらかに増えていった。


アップとダウンのことばっかり考えていた時期のノート。丸が付いているのがクリック(指か足を鳴らす)の意味。ジャズでよく言う裏打ちって取り方は、ダウンのクリックを半拍ズラしたものでまた別物。

なぜアップとダウンでノリが変わるのかといえば、それはムーブの速度が違うからだ。ダウンの動きは重力に順方向なので、トンッと一瞬で落ちる。いっぽうアップの動きは重力と逆方向なので、重さを感じながらヌーンと持ち上げることになる。

トンッ、トンッ、トンッ、トンッとヌーン、ヌーン、ヌーン、ヌーン。前者はクリーンでスクエアでキレのある感じ、後者は浮遊感があってレイドバックした粘っこい感じになる。当然だけど、どちらが優れてるとかそういう話ではない。

ジャンルで言えば、ロックにアップはあんまり登場しない。ソウル、R&B、ヒップホップにはアップのフィーリングが入ってくる。それでも割合にしたら半分もない程度かな。だけどこのアップのフィーリングこそが、ブラックミュージックを特徴付けるノリの勘所なのは、どうやら間違いがなさそうだ。

っていうここまでの話を、同級生だったドラマー、コータさんに、さも世紀の発見でもしたように語ってみた。彼はドラム歴よりダンサー歴が長いという、ちょっと珍しいキャリアの持ち主だ。そしたら彼が「ゲンさん、ダンスの経験ってあります? 言いづらいんですけど、それ、ダンサーだったら全員知ってます」

マジで? 全員? 「ダンススクールってあるじゃないすか。あれ入った週にまず習うのが、ダウンとアップっす」。マジかー、ノーベル賞だと思ったのに!「あれっすね。ミュージシャンとダンサーとの間の溝は思ってたより深いすね」。こんなぬか喜び、自分が最後になることを願って、この文章を放流します。





唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」

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