清春が考える、はみ出し者の美学「フェスじゃなくワンマンで勝負する」

清春(Courtesy of PONY CANYON)



今さら普通に歌いたくもない

―男は恥をかかないためっていうのは言い得てる気がします。上げ足取られないために、平均点平均点で行くみたいな。

男は楽しむより安心するために生きてるっていうか。音楽もそうで、僕ら世代的にもジャンル的にもフェスにあまり呼ばれないけど、たまに出た時に感じたのは、たくさんアーティストが出る中で、自分がどうこうじゃなくて、みんなを観てると演奏とか楽曲は個性的な人もいるんですよ、でも歌は普通だよなって。まぁいいなって思うのはcoldrainの子ぐらいかな。

―否定はできないですね。

もちろん、歌の上手い人はいますよ。歌詞も変わっていて、曲調も変わっていて、バンド自体のコンセプトもそれぞれにあったりとかするし。特にフェスに出てるバンドはフェス向きで、フェスで盛り上がるとかあるし、それを除いてもバンド単位でカッコいいとかはあるんですけど、歌が突出してるな、歌ヤバイなっていうのはさほどないよね。なぜかって言うと、みんな知らず知らずのうちに、コイツら変だって言われるのを怖がっているからなのかな、とか。

―服や髪型と一緒で、恥ずかしくないところでやっていると?

うん。それに比べて、僕ら世代の歌はクセが強いって言われるんだけど、僕らの時はそれが当たり前だった。だから今さら普通に歌いたくもないんですよね。カラオケに行ったら普通に歌えるけど。でもそれじゃ人生は掛けられないんです。わざわざ人前に立って普通の歌を歌って、その評価が良い悪いとかはどっちでもよくて。わざわざ人前に出て歌って、声では判断できない、歌い方では判断できないっていうのが、僕らだと『ちょっとなぁ……』って思っちゃう。だから今の世代の人達って、と言ってもジャンルによるけど、どういう曲をプレイするかとか、この人達はフェスで盛り上がるかとか、どの雑誌に出ているかとか、そういうカラーリングはあるけど、ほとんどはそういうマーキングで成立しているんだと思う。良い悪いは置いといて、それは今の時代にはマッチしているかもしれないけど、長年信じられるかどうかっていうと、やっぱり違うのかなって僕は思う。たまたま僕はそっち側じゃない方にいるのでそう思うのかもしれないし、そっち側にいたら、この人達も古いなって思うかもしれない。たまたま生まれた時の運命でしかないんだけど。でも今回のカバーアルバムも、普通に歌ったりは絶対にしたくないって気持ちはありましたね。

―確かに『Covers』は1曲目の「傘がない」の歌い出しからビリっとしましたからね。それは本人の覚悟の問題なんですか? 才能の問題なんですか?

よく「今の時代にそれはないですよ」とか言われるじゃないですか? コンプライアンスとかなんとかで。でも、丸いものとか平均的なものに慣れちゃいけないんだと思うんですよ。そうじゃないでしょっていうところで始まったのがロックなんだから。ビートルズがいて、ビートルズもすごいんだけど、それじゃ納得できなくてストーンズなわけで。更いろんな人が出てきて、時代を作った人ってやっぱ個性的であって、その繰り返しの中で、もっともっとすごいのが出て来なきゃいけないはずで。ジミヘンも、ニルヴァーナも、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも凄かったわけですよ。



―ええ。

でも、ある時から、普通になったんですよね。それはウィーザーなのか、オアシスなのかブラーなのか、コールドプレイなのか……俺には分からない。レディオヘッドなのかもしれないし、ミューズなのかもしれない。それぞれ個性はあるんだけど、何か、歌というよりはサウンド志向になっていったんだよね。そして、それを日本で目指してしまったのは誰なのか? 誰がそれで良しと思ってしまったのか分からないですけど……ある時からヴォーカルが消えたんですよヴォーカルの個性というのがなくてもいい時代に何故かなってしまって。それを最初から見せられている人には、僕ら世代の歌は変わって聴こえるんですよね。

―確かに、その断絶は感じますね。

そう、断絶してる。しかも今って、CDも雑誌もラジオもライブハウスも危なくなって、生き残るためにフェスがあるみたいな感覚が僕らにはするんです。僕らは地道にワンマンを続けてきたんですけど、それを最初から続けられるアーティストがもういないんですよ。大御所の中島みゆきさん、桑田佳祐さん、松山千春さん、スタレビ、陽水さん、ユーミン、浜田省吾さん、玉置浩二さんとかは、世の中の風潮とか、ブームとか、やり方とか関係なく、そんなの無視しながらワンマンだけで、その人の寿命がなくなるまでは生活できる、活動できるわけですよ。世の中の風潮に頼らなくてもね。

でも、今って楽な方に行ってるだけな気がする。この間うちの子「今いきなりライブハウスに出ても人が入んないから、出ないんだよ」って言ってて。バンドをやってる友達がいるけど、ライブハウスには出ないらしいです。「何で?」って聞くと、まずYouTubeとかでPVみたいな動画を録って流して、SNSで拡散していってそれからライブハウスに出るって。やり方は、便利なんだけど、便利ってことは楽ってことなんですよ。誰かが便利にしている。便利にした人はすごく頭使って努力して便利にしたんです。今って、『これは今の時代じゃない』ってことに対してすぐにバカにするけど、バカにするその背景には、便利にするために頑張った人がいるからで、便利にした人は凄いけど、便利に乗ってる人は別に凄いわけじゃないんですよ。で、今って便利になった後の使い方だけがフィーチャーされていて、それはいいことなんだけど、楽をしているんで力が弱いんですよ。

だから、もし僕らと一緒に外国人の前でやったら絶対勝てないんです。僕らは便利じゃなかったから、どうにかしてライブの場数を多く踏んで、ライブでパフォーマンスをどうするかの時代だったので。今は便利だし、フェスをやったらたくさんの人に観てもらえる。それはいいんですよ。一番早道かもしれないし。でも脆いんですよ。フェスがなくなったらどうするの?って思う。いつも言ってることなんですけど、お客さんが全員外国人、で、ジャンルレス、キャリアレス、誰も自分達のことを知らないような場だったら、今でも勝つ自信がありますよ。イメージとかマーキングとか関係ないから。まぁこれ以上楽な方に行かないでって思いますね。楽な方に行くってことは、苦しい思いをしてやってきた人が古いってことになっちゃうので。もっともっと、服みたいになって欲しいですね。

―服みたいに、とは?

洋服っていくら便利な方法で買えてもさ、絶対に見ないとダメだし、着ないとわかんないんです。いろんな服があっていいし、いろんなデザイナーがいていいんだけど、その中で、例えばヨウジ・ヤマモトって、別に名前だけじゃなくて、着たら違うんですよ。別にギャルソンでも、日本の違うブランドでも、海外のブランドでもいいんですけど、百戦錬磨の人が作った服ってやっぱり違うんですよ。安く作られた服ってすぐボロくなるんですよね。まぁ別にいいんですけど、安い服だから。同じことが音楽でも言えるといいなって思う。ライブのチケットも、僕らも値段が上がってきて7千円とか8千円とかなんです。若い子3千円代でやってて、そりゃ行きやすいです。僕ら3千円のライブをやらないのは割に合わないからやらないだけであって。でもその子に8千円のライブをやってくださいってなった時に、その価値があるライブが出来るかっていう。そこが僕はいずれ変わっていって欲しいと思うし、誰かが環境を正さないとダメだと思うんです。

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