ウィーザー『ブルー・アルバム』知られざる10の真実

写真左からリヴァース・クオモ、ブライン・ベル。1994年撮影。(Photo by Karjean Levine/Getty Images)



7. ジェイソン・クロッパーはアルバム完成間近になって突如バンドを脱退し、クオモは彼が弾いたすべてのパートを丸一日かけて録り直した

1993年晩夏、バンドが長い時間をかけて制作を進めてきたデビューアルバムは、間もなく完成を迎えようとしていた。しかし、当時プライベートな問題を抱えていたギタリストのジェイソン・クロッパーは情緒不安定ぎみだった。「ロサンゼルスにいる彼女が電話してきて、ジェイソンにこう言ったんだ。『私、妊娠してるみたい』その日以来、彼は何もかもに過敏に反応するようになった。Karl KochはMagnet誌にそう語っている。「彼は明らかに情緒不安定だった。メンバーたちが何度か作業を中断させて、『大丈夫か? ちゃんとやれるのか?』と声をかけたこともあった。彼はその度に大丈夫だと答えていたけれど、数十分後にはエレクトリック・レディの屋上で意味不明な言葉を叫んだりしてた」

9月の初週、クロッパーのバンド脱退が決定した。秘密保持契約のため脱退の理由は明らかにされておらず、Luerssenから繰り返し尋ねられた際にも、彼は定型句のごとくこう答えている。「僕の脱退の理由については、内容がどうあれリヴァースの説明がすべてだ」クロッパーは後に、最終的な決断の引き金になったのは、彼女が事前の連絡なしに宿泊先も決めないままニューヨークにやって来たことだったと明かしている。「あれが決定打になった。リヴァースにこう言われたんだ。『もうこの無遠慮なやつには付き合ってられない』ってね。彼の言うとおりさ。彼は感情的になることなく、言葉を選びながらこう言った。『お前のことは好きだし、俺たちはこれからも友達だ。でもさ……俺たちが文字通り全てを注ぎ込んできたものが、今やっと実を結ぼうとしてるんだ。悪いけど、今のお前にはその成果を享受する資格はないと思う』」

クロッパーの脱退により、バンドは新たな問題に直面した。それはレーベルにどう説明するかということだった。「ああいうデリケートな事をどう説明していいか分からなかったし、アルバムの完成を目前にしていたから混乱は必至だった」Kochは後にそう語っている。「ジェイソンを辞めさせることには誰も異議を唱えなかったものの、デビューアルバムのレコーディング真っ最中でのリズムギター脱退を、ゲフィンが良しとしないことは目に見えてた。アルバムの完成は予定より遅れていたし、ひよっこバンドの細々としたトラブルに目を瞑ってくれていたレーベルのお偉方から見放されることだけは絶対に避けたかった」ニューヨークでのアルバムのミキシングが始まる2日前になって、シャープとクオモはロサンゼルスのパンクシーンの住人であり、Carnival Artでギターを弾いていた友人のブライアン・ベルに声をかけることにした。彼の予定と好きな『スター・ウォーズ』のキャラクターを確認し(彼の答えはハンマーヘッドだった)、バンドはベルをウィーザーの新メンバーとして迎えることを決めた。「オーディションの課題は一本のテープだった」ベルはStarline誌にそう語っている。「ゲフィンの人間からデモテープが送られて来たんだ。僕はその日のうちに4曲を覚えて、演奏を録ったテープをFedExでニューヨークに送り返した」

当初はベルをニューヨークに呼び寄せ、クロッパーのコーラスとギターパートを彼に録り直させる予定だったが、時間が尽きつつあったただけでなく、予算は既に上限を超えてしまっていた。新メンバーに過剰なプレッシャーをかけるのはよくないと考えたクオモは、その課題を自身でこなすことにした。「レコーディングの最終日にリヴァースが電話してきてこう言ったんだ。『ジェイソンはバンドを抜けた。だから彼のパートは僕が全部録り直す』」オケイセックはそう振り返る。「僕はこう返した。『そのまま使えばいいじゃないか。レコーディングはもう終わったんだ』しかし彼はこう言った。『だめだ、僕が全部録り直す。大丈夫、時間はとらせないから』僕としてはOKするしかなかった。僕らはすぐにスタジオ入りし、彼はその日のうちに全ギターパートを録り直した。しかも完璧にね」ベルは『ブルー・アルバム』にリズムギタリストとしてクレジットされているが、彼が実際に参加した初めての作品は、翌年の夏に発表された「アンダン〜ザ・スウェター・ソング」のB面曲「スザンヌ」と「マイケル・アンド・カーリー」だ。



クオモとクロッパーの関係は脱退劇の直後から何年にもわたってこじれていたが、最終的に2人は仲直りしている。「ウィーザーのメンバーだった頃のことは、今となってはいい思い出だ。悪く言うつもりはまったくないよ」クロッパーは2000年代上旬にLuerssenにそう話しており、その数年後にはクオモとイトウ・キョウコの結婚式に出席している。2018年9月には、サンフランシスコのAugust Hallでソロライブを行ったクオモが彼をステージに登場させ、2人は『ブルー・アルバム』の数曲を一緒に演奏した。

Translated by Masaaki Yoshida

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