ウィーザー『ブルー・アルバム』知られざる10の真実

写真左からリヴァース・クオモ、ブライン・ベル。1994年撮影。(Photo by Karjean Levine/Getty Images)



1. リヴァース・クオモは「アンダン~ザ・スウェター・ソング」について、メタリカの「ウェルカム・ホーム(サニタリウム)」のほぼパクリだとしている

60 Wrong Sausagesの残党たちで結成されたウィーザーの前身バンドは、わずか7回のリハーサルと、1991年の感謝祭の週末にカリフォルニアのペタルマにあるPhoenix Theatreで行われた1回きりのライブ後に解散してしまう。ギタリストのリヴァース・クオモとドラマーのパトリック・ウィルソンは新たなプロジェクトを始動させたが、クオモはそのコラボレーションについて厳密なルールを定めていた。「リヴァースはこう言った。『まずは50曲書く。それから最初のリハーサルをやる』」John D. Luerssenによる伝記『Rivers’ Edge: The Weezer Story』でウィルソンはそう語っている。50曲という目標にこそ至らなかったものの、2人はかなりの数の曲を書き上げ、その中には初期のライブでも頻繁に演奏されていた「Thief, You’ve Taken All That Was Me」「ララバイ・フォー・ウェイン」や、後にアルバムに収録される「マイ・ネーム・イズ・ジョナス」「ザ・ワールド・ハズ・ターンド・アンド・レフト・ミー・ヒア」が含まれていた。

クオモが手がけた曲群の中には、同じくデビューアルバムに収録されることになる、彼のアート志向と無意識のうちに現れたヘヴィメタルからの影響が融合した曲が含まれていた。「『ザ・スウェター・ソング』は1991年に僕が初めて書いたウィーザーの曲だ。すごくハマってたヴェルヴェット・アンダーグラウンド風の曲を書こうとしていて、あのリフを思いついた」彼は2009年に本誌にそう語っている。「何年も後になって、僕はあれが『ウェルカム・ホーム(サニタリウム)』のほぼパクリだってことに気付いた。あれはウィーザーのなんたるかを体現してるね。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいなクールさを目指してたのに、無意識のうちにメタルの影響が出てきちゃうんだからさ」





皮肉と解釈されがちな「アンダン~ザ・スウェター・ソング」だが、クオモは一貫して「鬱についてのとても悲しい曲」と説明している。最初のデモ段階では、ポジティブ思考とネガティブ思考の対比を意図したナレーションが挿入されていた。「あの曲には元々、会話のオーバーラップっていうコンセプトがあった」バンドと縁の深いKarl Kochは、2004年の同作のデラックスリイシュー版に掲載される予定だった未発表エッセイでそう綴っている。「音を左右に振って、片方からは何もかもを嘆くネガティブ思考の声が、もう片方からはやたらと開放的なポジティブ思考の声が聞こえてくるんだ」1992年にデモをレコーディングした際に、クオモはKochにこの統合失調めいたオーディオコラージュを作らせている。くだらないと思いながらも、彼が「妙なレコードの数々」からサンプリングして作ったそのコラージュには、『スター・ウォーズ』(ダース・ベイダーの「お前は反乱軍の一味であり、裏切り者だ」というセリフ)や『ホビット』の一部が使用されていた。

『ブルー・アルバム』のセッション中、Kochは再び同様のマッシュアップものを作るよう指示された。「僕は引き受けた。ハンフリー・ボガートの映画やクリスチャン向けのラジオドラマ、スヌーピーのアニメ、『ブラックホール』のワンシーンまで、使えそうなサンプルを200点ほど集めた。最終的に15点まで絞ったサンプルをMIDIキーボードで鳴らし、ステレオ仕様のヴァーチャルな『対話』を作った」彼は後にそう説明している。その出来は申し分なかったが、ウィーザーのリリース元であるゲフィン・レコードは頭を抱えた。コストと時間の両面において、全サンプルの使用許可を取るのは現実的ではないと判断したゲフィンの重役たちは、最終的に同コラージュのカットを命じた。その穴を埋めるべく、リヴァースとKoch、ベーシストのマット・シャープ、そしてウィーザーのファンクラブの設立者Mykel Alanの4人は、ロサンゼルスにあるバンドのホームスタジオで開かれたパーティおよび仮宿泊所での会話を録音し、そのテープを同曲の最終ミックスが行われていたニューヨークに速達で送り届けた。

Translated by Masaaki Yoshida

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