ハードロックの栄枯盛衰を乗り越えた男が語りつくす、愛と憎しみの30年間

スキッド・ロウのヴォーカリストとして絶大な人気を誇ったセバスチャン・バック(Photo by Enzo Mazzeo)



シャイな少年がロックスターに変貌した理由

―1989年のもう一つの記念について質問します。あなたは初めてアリーナで演奏しました。あれはボン・ジョヴィのツアーで、ダラス公演でしたよね。

その通り。

―あなたがステージで緊張するとは到底思えないのですが、回想録に書いてある通り、本当に演奏中ずっと目をつぶっていたのですか?

ああ、本当につぶっていた。自分がアリーナで歌っている現実を実感すると、歌うことに集中できなかったからね。子どもの頃に思い描いていたロックスターになるという夢を実現している、という現実を受け入れる心の準備ができていなかったのさ。無理だった。だって(テレビドラマ「ゆかいなブレディー家」の)TV狂のシンディみたいに固まっていたから。本当にそんな感じ。「どうしよう」ってね。だからどう説明していいやらわからない。舞台に立って、それが録音・録画される人にはそれなりの理由がある。ステージで1時間とか、45分とか、2時間とか、歌い続けようとすると、心身ともにいろんな変化が起きてくる。頭の中でもあれこれ起きる。注意散漫とか、動揺とか、いろいろ。音も常に一定じゃない。ほんと、どう言ったらいいかわからないよ。とにかく、19のガキにとって、アリーナで初めて歌うっていうのは、ものすごいプレッシャーだったのさ。身に余るっていうか。

―そして、そのツアー中、最初は目を開けられなかった少年が、ニュージャージーのジョンズタウンのスタジアムでは堂々と立ち、ライブの前に市警を煽っていました。シャイな少年が、どんなふうにして、威張り散らすタイプのロックスターに急変したのですか?

テストステロンで満たされ、活力も旺盛なら、野獣になるってものさ。自分は不滅だとすら思ってしまう。そんなガキをステージに上げたらどうなるか。目の前には2万人の観客がいるんだぜ。どうしろっていうんだ? ほんと、ヤバい。あのときの俺は狂気ともいえるパワーに満ち溢れていたし、観客のものすごいパワーに飲み込まれていたんだよ。

どういうわけか、俺はロック・フェスティバルの参加を許されたことが一度もない。そこにはものすごい数の観客がいるわけだ。オペレーション・ロックも、ヘヴィ・モントリオールも、ロック・オン・ザ・レンジも、全部そう。フェスは1つか2つ出演したことはあるけど、フェスに出演するときは他のバンドに用心するんだ。いつもそうだった。だって俺がステージに上がって、観客に飲み込まれると、他のバンドのフロントマンとは異なるヴァイブやエネルギーを放出してしまうから。そして、観客を本当に文字通り興奮させることができる。ロックフェスの連中が俺を招いてくれたら、それがどういうことか、ステージの上できっちり見せてやるよ。

Translated by Miki Nakayama

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