失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

──レオに対するハルの恋心は、この作品の重要な要素ですよね。

塩田:僕自身、脚本を書くにあたって最も感情を掴むのに苦労したのはハルでした。物語のフィクション性が高いというか、ファンタジー要素が強い作品の場合は、例えば同性愛者の描き方に関しても、ある程度のカリカチュアライズも許容範囲内だと思うんです。ただ、こういうリアルでシリアスな物語を書く上では、あまり嘘は描けない。それで色々と試行錯誤をしたのですが、最終的にはハルがレオについて考えている詩を、僕自身が書いてみるという手法をとりました。「歌詞」ともまた違う、日常の雑感も含めたメモのようなものを「ハルメモ」と称してずっと付けていて。「さよならくちびる」というタイトルも、その「ハルメモ」に書き留めた沢山の言葉の一つだったんです。

相田:小説の中で、ノートみたいに横書きになっているページがありますが、あれは塩田監督からあらかじめいただいた「ハルメモ」の中の言葉を使っています。「ハルメモ」は彼女にとって、歌を作るためのツールであると同時に、日常を支えるものでもある。監督がよくインタビューの中で、「ハルは歌を書くことでしか社会と繋がれない、人間として立っていられないと、自分で思い込んでいるところがある」とおっしゃっていて。そんな彼女の、「歌詞」とはまた違う「ハルメモ」の言葉を、小説の中でどう取り扱うかも重要なポイントでした。

──小説の中には、映画では描かれなかったシーンもいくつか登場します。それらは、脚本には描かれていたのですか?

塩田:脚本の中に活字化はされていなくても、例えば撮影中に小松さん、門脇さんにそれぞれのキャラクターの説明をするために、「以前こういうことがあって、2人はキスをして、その後こうなりました」みたいな、感情の履歴書みたいなものを書いて、説明はしています。そこには例えば、ハルと昔の彼女とのエピソードなんかも入っていましたね。そういった資料は全て相田さんに渡したのですが、すごく素敵な形で小説の中に盛り込んでもらえました。

──ハルは、以前の恋人と経験した辛い過去が原因で、今の恋にも全力で飛び込んでいない臆病さを持ち合わせた人物として描かれていますよね。

塩田:結局、この映画はハルをはじめ「失敗を繰り返す人たち」の話なんです。そのテーマに関しては、ノベライズでもかなり丁寧に描かれていたと思います。

相田:実は非常にシリアスな関係性について描かれているし、解決しない問題を抱えたまま終わる作品なんですけど、それでもネガティヴには描きたくなかった。「解決しなくていいんじゃないか」とも思うんですよ。映画を観た人の感想などをSNSで辿ってみると、あのラストシーンを「ハッピーエンド」だと思っている人が結構多い。「ハッピーエンドだからガッカリした」とかね。「ラストツアーの話だと思っていたら、結局は再結成するのかよ」とか(笑)。でも、「問題を抱えているから解散します」よりも、「問題は何も解決していないけど、このまま続けていきます」の方が、実はシリアスじゃないですか?


© 2019「さよならくちびる」製作委員会

──確かにそうですね。

相田:まあ「ハッピーエンド」「アンハッピーエンド」という区分け自体も乱暴ではありますけど、その二択でいえば、実はあの映画はアンハッピーエンドではないかな。問題を抱えながら継続するというのはしんどいですよ。でも僕は、そういう過酷な選択をしたあの3人を小説なりに肯定したいと思ったんです。できれば、明るく軽やかに讃えたかった。

塩田:「再結成する」というのは、非常にカッコ悪いんですよ。でも、あの「カッコ悪さ」を正当化する彼女たちの振る舞いというものがあった。つまり、解散ツアーのファイナル公演となる函館でさえも、彼女たちは何一つ特別なことはせず、いつも通りの衣装でいつも通りステージに立って、いつも通りに歌を歌って終わらそうとしているわけです。

あそこで本人たちが、「これが最後の最後なので、心を込めて歌います」なんて言ったら全てが台無しじゃないですか(笑)。「だったらお前たち、いつもは心を込めてなかったのか?」っていう話になる。私たちはプロなんだから、ファイナル公演でもいつも通りに演奏して消えていくつもりだったと。その振る舞いがあったからこそ、「結局は再結成」という彼女たちのカッコ悪い選択も生きてくると思ったんですよね。

──なるほど。

塩田:さっきも言ったように、この映画は「失敗を繰り返す人たち」の話で、その失敗に対して、いかにケリをつけていくかっていうことが描かれている。例えばハルは、二度と自分が傷つくようなことはしたくないと思っていたのに、ついレオに声をかけてしまった。「またやっちゃった」ってことじゃないですか(笑)。でも、「もう二度と同じ失敗はしたくない」と強く思っている人は、大抵また失敗するものなんですよね。更にいえば「解散」も失敗だったし、「再結成」も失敗かもしれない。でも、「それの何が悪い?」っていう映画なんですよ。

──だから「馬鹿で何が悪い?」というセリフが繰り返し出てくるわけですよね。

塩田:そう。それともう一つ、「音楽をやると人生で一番大切なものを失う」という非常に強烈なセリフが映画でもノベライズでも出てきます。音楽に夢中になって、夢を見て全てを失って悪い? と本気で思うし、僕はそういう人たちが好きなんですよね。

相田:失うって、決してネガティヴなことばかりではないですよ。実は「喪失もまた享受である」という考えから、ノベライズでは「ある実験」をしてみました。一字一句全く同じ5ページを繰り返しています。

この手法って映画ではよくありますよね。冒頭のシーンに、映画の本編をいきなり持ってくるという。そうすると、本編の中でまたこのシーンが出てくると、最初に観た時の印象とは全く違ったものとして受け止めることになる。それを小説の中でもやってみたかったんですよね。ハル、レオ、シマと一緒に旅をした読者が、同じ文章を全く違う情景で思い浮かべることになったら面白いんじゃないかって。

──しかも活字だから、頭に思い浮かべる映像すら全く違うものになる。面白い実験ですね。

相田:全く違う映像を思い浮かべるから、もしかしたら同じページが出てきたことすら気づかない人もいるかもしれない。そうなったら、それはそれで大成功(笑)。映画でも小説でもない、ノベライズならではの仕掛けを、未読の方は是非とも楽しんでみてほしいですね。

監督・脚本を努めた塩田明彦氏(左)と、ノベライズを担当した相田冬二氏(右) Photo by Takanori Kuroda



『さよならくちびる』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中
出演:小松菜奈 門脇麦 成田凌
監督・脚本・原案:塩田明彦
うたby ハルレオ 主題歌 Produced by秦 基博 / 挿入歌 作詞作曲 あいみょん 
https://gaga.ne.jp/kuchibiru/



ノベライズ
『さよならくちびる』

原案・脚本/塩田明彦 ノベライズ/相田冬二
定価:本体 600円+税


公式ブック
映画「さよならくちびる」公式ブック
原案・脚本・監督/塩田明彦 編/「さよならくちびる」製作委員会
本体 2000円+税




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