BiSHサウンド生みの親、松隈ケンタが語る「進化」と「福岡移住」の意味

地元、福岡への恩返し

─松隈さんは福岡出身者のレーベルを作ったり、福岡にも音楽スクールを設立したりするなどされていますが、そこには自分の生まれた場所への恩返しみたいな気持ちがあるからなんでしょうか。

松隈:自分が若いときに、こんな人がいたらもっとこういうことができたのになという想いがずっとあるんですよ。今、いろいろ道を遠回りして分かったことがたくさんあるので、若い人から見て「こんな人」が教えてくれる環境があれば、それが財産になると思って。自分だけが技術やノウハウを一人占めしているのは、もったいないという気持ちがすごくある。僕は、ただのお金儲けみたいなことはやりたくないんですよ。ちゃんとした情報を教えてあげたいというか。役立つものであったり、僕の経験したことを下の世代に伝えたいという感覚ですよね。それを地元への恩返しと言うとおこがましいですけど、ある種エンターテイメントだと思ってやっています。

─エンターテイメントですか。

松隈:例えば、音楽スクールもライブをやっているのと一緒なんですよ。ライブも自分の培ってきた音楽を知らない人に教えてあげるという気持ちでやっているので、音楽ってこんなに楽しいんだよ、こんなに感動ができて、こんなギターの弾き方があって、こんな音があるんだよ、こんな楽しみがあるんだよって伝えている。スクールもオーディションも、エンターテイメントだと思ってて。僕がおもしろくないことを喋っていたらスクールは潰れるし、おもしろいなと思ってくれればみんなが習いに来てくれるし。

─いつもお話を伺う度に、松隈さんからはポジティブなエネルギーしか感じないのですが、ネガティブな気持ちになることってあるんですか?

松隈:結構ありますよ。むかついたり、へこんだりというのは誰でもあるじゃないですか。ただ、不幸なことが起きたとき、負のオーラが重なり続けると、病気になったりするというのはよくあることで。そうなったときこそSCRAMBLESやWACKのメンバーや
、淳之介が俺のことを信頼してくれていること、そして仲間がいるということが本当にありがたいことだなと思って。妻と子どもの存在もそうですね。どよーんってなりすぎると、その人たちもいなくなっちゃうなと思うので、ポジティブでいようかなというのは常に思っていますね。

Edited by Hiroo Nishizawa(StoryWriter)


Photo by Takuro Ueno

松隈ケンタ(音楽プロデューサー/コンポーザー/アレンジャー)
福岡県出身。ロックバンド、Buzz72+を率いて上京後、2005年にavextraxからメジャーデビュー。編曲家・chokkakuのプロデュースにより4枚のCDを発表する。バンド活動休止後に作詞・作曲家としてアーティストへの楽曲提供を始める。2011年、音楽制作チーム「SCRAMBLES(スクランブルズ)」を結成。2014年には株式会社SCRAMBLESを設立、代表取締役に就任。現在はレコーディング・スタジオ/リハーサル・スタジオ「スクランブル スタジオ」を大岡山で運営。また、音楽スクール「スクランブルズ ミュージックカレッジ(SMC)」を大岡山のほか、下北沢で運営中。
https://scrambles.jp/



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