実在しない漫画の1コマを依頼する:スカート最新アルバム『トワイライト』アートワーク制作秘話

どのような言い方をしても無茶な発注をすることになる場合、素直にそのまま言ってしまうのが最善

曲が出揃いアルバムタイトルが正式決定する過程で、何かしら打開策が降りてくるだろうという半ば無理やりな楽観姿勢で保たれていた身体と精神の原型が本来の小心由来の神経質な悪寒に侵食され始めたころ、澤部氏からクラシックな漫画より、簡単に手に入る現代の漫画家の作品をサンプリング元としたほうがいいのではないかと思えてきたという趣旨のメールを受け取りました。元ネタへのアクセスが容易だと音楽との距離感が近く見えすぎて良くないのではないか、音楽の独立性は担保しておきたい気持ちですと返信しようとしたところで、サンプリング元の漫画の実在性は大して問題ではないのではないか、むしろ架空の存在であれば問題は全て回避できるのではないかという発想が頭に去来、確信に似た気持ちと共に架空の漫画の1コマをジャケット用に描き下ろしてもらうのはどうかという文章を末尾に付け加え、拳を握りしめトリプルクリックでメールを送信。間髪空けず元々は架空のバンドという要素を原点に持つスカートのアルバムジャケットに、実在しない漫画の1コマを使用するというのはとても素敵だと思うという返信が届きます。はっきりと聞き取れたコンセプトがハマる音、例によって福音は突然に。もうこうなれば九割は完成したも同然、不安なことはひとつもなく、世界は美しい。

澤部氏がアルバムのモードに合った漫画を描く作家として提案してくれたのが『メタモルフォーゼの縁側』を連載中の鶴谷香央里さんでした。「漫画の絵」の上手さに加え、1コマのみでストーリーを最適な温度感で演出できる腕を持つ稀有な才能に一発で行き当たる澤部氏の不気味なまでの漫画勘の鋭さに震えつつ依頼メールを展開、快諾していただいた鶴谷さんと打ち合わせの日を迎えます。「実在しない漫画のそれほど重要ではないシーンから抜き出したような、しかしニュアンスは確実にこのアルバムの方向性に寄り添いつつ、狙いすぎない他愛の無い良い感じの的確なセリフを内包したさりげない1コマを描いてください」。どのような言い方をしても無茶な発注をすることになる場合、素直にそのまま言ってしまうのが最善だということは分かっているのですが、いざ言葉に出すには中々勇気がいります。この振り切った無茶振りに対して鶴谷さんが提出してくれたのは、サンプリングベースとしての一場面分のネームでしたそれはまさに渡りたがる私の眼前に出現したきらめく船、前後の物語の存在を程よい幅広さで予感させるコマを指定し〈図案1〉、さらに状況に表情を与えるために登場人物の変更をお願いすると、コマ内に詩情あるコミュニケーションが発生〈図案2|A,B,C,D〉。鶴谷さんと澤部氏に何パターンかやり取りを考えてもらい、最終的にはフレーム外の第三者の心の声をキャッチしました〈図案2|E,F,G,H〉。姿が見えない第三者の視点を借りフレーム内の男女の会話を耳にする我々はこの架空の漫画の世界の住民ではなく彼らを彩るBGM。決まったぞ世界観、と小叫びを決め全体のデザインに取り掛かります。


図案1


図案2

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