実在しない漫画の1コマを依頼する:スカート最新アルバム『トワイライト』アートワーク制作秘話

「コマを割るようにコードチェンジしたい」と語る彼は控えめにいっても漫画獣

私が初めてスカートの作品をデザインしたのは2013年、インディリリースの3rdアルバム『ひみつ』。それから風雨幾星霜、アナログ盤を除くとアルバム4枚、シングル3枚、ライブ盤1枚のデザインを担当しました。除いたアナログ盤を舌の根乾かぬうちに加算するとのべ12作品をデザインしたことになります。ビジュアル面では一通りの試みを通過、少しでも気を抜くと安易に原点に帰ってしまいがちなタイミングです。原点に帰ること自体は避けるべきことではなく、今回も大まかにはその方向を進みたいのですが、ただ帰るだけでは紛れもなく退化です。依頼を頂いた時点で見えているのは、前進しつつスタート地点上空に量子移動するようなコンセプトの提案を求められているというそびえ立つ大ハードルのみ。覗き込んだうどんさえ自分の発想力の貧困さを責めてくるように思え、胎内からまろび出た決断は本当に正しかったのかと、頭の片隅で蚊の鳴くような声の自問自答が始まる意図しない雑な原点回帰までもが展開されます。しかし大喜利型人生においてはこういった精神状態はしばしば訪れるもの、外科的な方法以外での唯一の打開策はヒントを収集することのみであることを我々は知っています。たとえ4問目5万円、みのさえも溜めない状況であっても必要であれば1秒でも早くオーディエンスのカードを切る能力、これは業界をサバイブする上で非常に重要です。スカート主宰澤部氏を含む関係者一同との打ち合わせをほぼノープランでセッティング、席上で躍り出るであろうたったひとつの冴えたやりかたを取り逃がさないように十分な睡眠時間を確保し、よりよい雑談環境構築のためのプレイリストを作成することに尽力します。カードを切っても正解が見えないという事態を想定しないのかといわれれば、そんな忌々しい怪の姿は眼前に訪れるまで視野の隅にも入れたくないと即答しますが、今回の場合、打ち合わせが終わるより早くその足音は背後に張り付くことになります。

スカートの作品では、シングル/ライブ盤でイラストレーターや写真家、アルバムでは漫画家に作品提供を依頼しアートワークを制作してきました。ここ10年ほど漫画を描くことや編集すること、評論することを生業とする友人らに囲まれて生活していますが、澤部くんの漫画への熱意は彼らと比べても劣らないどころか頭ひとつ抜きん出ています。「コマを割るようにコードチェンジしたい」と語る彼は控えめにいっても漫画獣。そんな澤部氏が奏でる世界観により強く寄り添う必要があるアルバムのメインビジュアルとして彼の敬愛する漫画家によるイラストを使用することは最短かつ最善の方法でした。1年半ぶり通算7枚目のアルバム、改めてその路線を踏襲したいと打ち合わせを切り出してみたのですが、「漫画」家に「イラスト」を依頼するということの意味合いが議題となります。澤部氏の音楽をパッケージするビジュアルに今回は「イラスト」ではなく、より氏のルーツと密着した「漫画」を使用したいと提案したところ、彼の愛するクラシックな名作からコマをサンプリングして使用するのはどうだろうかというところに着地しました。しかしこれは着地というより状況的には不時着、さらに言えば墜落に近い。澤部氏の音楽に懐古的な姿勢のビジュアルを組み合わせるのは一見正しく見えても明らかに間違った行為だということは薄々わかっているのですが打開策が思いつかない。新しいことを試みる姿勢も無く、仕上がりも無難な安定感と既視感しか予想されず、揚げ饅頭を配ったところで拭いきれない手に余る不安が机を満たし、スピーカーから流れるジェリー・ダマーズのオルガンも空転します。幸いスケジュールには余裕があったので、とりあえず澤部氏お気に入りの漫画を数冊送ってもらうことにして一旦打ち合わせを終え、ドアが閉まった瞬間頭を抱えて座り込みます。

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