「ロックの殿堂」キュレーターが死去、ローリングストーン誌の編集者/ライターとしても活躍

2009年、ジェームス・ヘンケとオノヨーコ。米ニューヨークにて。(Photo by manda Schwab/Starpix/Shutterstock)



1988年、ヘンケはローリングストーン誌を一時離れて、アムネスティ・インターナショナルが主催した「Human Rights Now!」ツアーに、ブルース・スプリングスティーン&ザ・Eストリート・バンド、ピーター・ガブリエル、トレーシー・チャップマン、ユッスー・ンドゥールと共に参加する。この歴史的なツアーの記録を1988年の著書『Human Rights Now!(原題)』として残した(これ以外の彼の著作には『Marley Legend: An Illustrated Life of Bob Marley(原題)』、『Lennon Legend: An Illustrated Life of John Lennon(原題)』、『The Jim Morrison Scrapbook(原題)』などがある)。

エレクトラ・レコーズの製品部門のバイス・プレジデント職に就くためにローリングストーン誌を離れる少し前、ヘンケはブルース・スプリングスティーンが自身のキャリアについて本音で語った素晴らしいインタビューを行っている。このインタビューで、スプリングスティーンは苦悩に満ちた離婚からEストリート・バンドの解雇に至る経緯、セラピストの治療について、ありとあらゆることを語った。「文字通り、ブルースとは世界中をまわったんだ。アムネスティ・インターナショナルの例のツアーで、彼は僕を信用するようになった。それがあったおかげで、あのインタビューを記事にすることができたし、厳しい質問を投げかけられたし、正直な答えを得られた。あの記事を読んだ人は衝撃を受けていたし、ローリングストーン誌編集部もそうだった。でも彼の人となりをあれだけ深く掘り下げられたことにみんな敬服していたよ」と、2017年にヘンケ自身がローリングストーン誌に明かしてくれた。

エレクトラ・レコーズでのヘンケは、ジャクソン・ブラウン、モービー、ブリーダーズなどと仕事をしていたが、1994年、ロックの殿堂のチーフ・キュレーター職に就くために同社を去った。ロックの殿堂に展示されるコレクションの入手と確保でヘンケは非常に重要な役割を担い、2012年までロックの殿堂のキュレーター部署で采配を振っていた。同部署在籍中は膨大な数の展示を監督しており、その中には「In the Name of Love: Two Decades of U2(原題)」、「From Asbury Park to the Promised Land: The Life and Music of Bruce Springsteen(原題)」、「Lennon: His Life and Work and Roots(原題)」、「Rhymes and Rage: The Hip-Hop Story(原題)」などが含まれる。特に「Rhymes and Rage〜」は主要博物館で開催されたヒップホップに特化した展示としては史上初のものとなった。

「父と一緒に過ごした日々をとてもありがたく思っています」と、ヘンケの息子アーサー・ヘンケとクリス・ヘンケが声明で述べている。「父の寛大さ、音楽に対する情熱は、記事を通して父と触れた人々の中で、レガシーとして永遠に生き続けるでしょう」と。


Translated by Miki Nakayama

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