「パンク」史上最高のアルバム40選

左からビリー・ジョー・アームストロング(グリーン・デイ)、ラモーンズ、パティ・スミス(Photo by Ebet Roberts/Redferns/Getty, Ian Dickson/Redferns/Getty, Dick Barnatt/Redferns/Getty)



25位 ミッション・オブ・バーマ『Vs.』(1982年)


「俺が思うに、俺たちはパンクが流行ってた時期にベッドルームで生まれたプログレ・バンドだったんだよ」ミッション・オブ・バーマのクリント・コンリーはかつてそう語った。しかしボストンから世界に向けて奇声を放ったこのアバンギャルドなバンドは、1980年にインディーレーベルから発表したシングル「Academy Fight Song」で、パンクにおけるアート的アプローチを確立した。『Vs.』はヘッドホンで聴いてこそ魅力が伝わる複雑なレコードだが、レーガン政権に対する不信感をぶちまけた「That’s How I Escaped My Certain Fate」や、トレモロサウンドがトランス感を生み出す「Trem Two」等には、まるで聞き手の頬を平手打ちするようなインパクトがある。






24位 ザ・ジャム『オール・モッド・コンズ』(1978年)


自身を「カプチーノ・キッド」と形容したザ・ジャムのポール・ウェラーは、キンクスやザ・フーからヒントを得たモッズ・リバイバルとパンクの熱情を結びつけてみせた。彼らの3作目は、まるでロンドンの日常を切り取ったかのようなリアリティに満ちている。「バクダンさわぎ」「チューブ・ステイション」等は、右翼のパンクスたちに対する痛烈なアンチテーゼだ。






23位 ペル・ウブ『Terminal Tower』(1985年)


ニューヨークとロンドンでパンクムーブメントに火が点きつつあった頃、クリーブランドでは異なる動きが起きていた。ペル・ウブが生み出した「インダストリアル・フォーク」というスタイルは、1975年の時点でポストパンクとして響いた。シンガーのデヴィッド・トーマスの遠吠えがピーター・ラフナーの錆び付いた金属を思わせるギターと絡み合い、背筋が凍るような冷たさを感じさせるアンセム「Final Solution」は、後年に発表されたバンドのアーカイブ曲集のハイライトだ。酒に溺れたラフナーは24歳でこの世を去ったが、彼と共にバンドを立ち上げたメンバーたちは現在も活動を続けている。




「Final Solution」を含む初期シングル集『The Hearpen Singles』

Translated by Masaaki Yoshida

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