ピンク・フロイドのニック・メイスンが語る、75歳でソロ活動を始めた理由

告知を一切せずに、彼らはテストライブとしてロンドンのディングウォールズ・カムデンをブッキングした。ここは最高収容人数500人という小さなクラブだ。ケンプが説明する。「このライブは大勢の人でごった返したよ。僕はスパンダー・バレエ時代に7割女性という観客に慣れていたが、ディングウォールズは9割が男だった。連中は本当に騒々しかったよ。『星空のドライブ』でスタートしたのだが、この曲は途中でブレークを入れて、フリーフォームというか、無調のセクションを作ったんだ。こんなことをするバンドは最近じゃ少ないよね。それも75歳になるジジイ連中だよ。一人なんて25年もツアーから離れていたんだから。僕たちは初っ端から手持ちのカードを見せたんだ。その夜のライブがどうなるかをまず観客に知らせたのさ」

小さい会場に限っていえば50年ぶりに演奏したメイスンにとって、この夜は本当に素晴らしい体験となった。「25歳に戻った気分だった。やっと他のミュージシャンたちと顔を合わせ、互いに目で合図しながら演奏できたんだよ。観客席の後ろまで見渡せて、みんなが真剣に聞いているのが見えた。大きなスタジアムでの演奏も素晴らしい体験だし、打ち上げ花火をしたり何なりと普段と違うことができる。でも自分の見える範囲に観客がいるときの親密度はそれと比べ物にならないよ」とメイスンが語る。

ソーサーフル・オブ・シークレッツは2018年9月にヨーロッパ・ツアーを敢行し、2019年3月に全国の劇場をまわる6週間の北米ツアーを行った。メイスンは生まれて初めてツアーバスで各地をまわり、メンバー全員で1台のバスに同乗した。メイスンが言う。「ピンク・フロイド時代はチャーター機とリムジンでの移動が普通だった。実はそういう体験はまったく恋しくない。ただ、ツアー初日にバスの洗面所で滑ってしまって肩を強打してしまった。それも徐々に回復しているし、このツアーを楽しんでいるよ。ほら、今はバスの座席に座って考え事しているだけだからね。それ以外することはないんだよ。考え事をしていると必ず、今、自分はここにいたいと実感するのさ」と。

ニック・メイスンズ・ソーサーフル・オブ・シークレッツのヴォーカルはガイ・プラットとゲイリー・ケンプが担当するが、ステージの真ん中に立つメンバーは一人もいない。ケンプが説明する。「観客の視線をニックに集めたかった。だから誰も彼の前には立たない。彼のレガシーを全員で讃えるという気持ちなんだ。フロイドのドラマーは彼以外にいなかったし、彼には独特のスタイルがある。彼は称賛に値するし、今やっとそれを受けているんだ」

アメリカの観客にとって、これはクラシック・ロックのラジオ局で一度も聞いたことのない無名の楽曲ばかりのライブとなるため、観客がまごついてしまう心配があったのだが、行く先々で熱狂的に受け入れられている。ビーコン劇場ではピンク・フロイドのヒット曲をリクエストする観客はゼロだった。メイスンが「正直な話、『マネー』や『コンフォタブリー・ナム』を聞きたかったら、ロジャーのライブやデヴィッドのライブ、オーストラリアン・ピンク・フロイド・ショーに行けばいいんだよ」と言う。

Translated by Miki Nakayama

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