巨匠コッポラが語る『地獄の黙示録』とスマホ開発、ワインビジネスの話

―70年代からワインを製造しています。上質のワインに関して、人々が勘違いしていることは何ですか?

食べ物との相性を良くするために値の張るワインを選ぶ必要はないってことだね。みんな、音楽を楽しむようにワインを楽しみ始めた。ワインの知識が増えると、もっとワインを楽しめるようになるんだ。

―ワイン製造業に参入したきっかけは何ですか?

子供の頃、食卓にワインが置かれていないことは一度もなかった。塩コショウの入れ物の横がワインの定位置だった。祖父には息子が7人いて、当時「イタリアン・ハーレム」と呼ばれていたニューヨークのアップタウンに全員住んでいた。禁酒時代、政府はワインを飲む習慣のある家族に限って、家庭内の消費に限定して2バレル(約320リットル)のワインを貯蔵することを許可した。その頃の話を叔父たちがよくしていて、叔父の兄弟が末っ子をロープに結わいて樽まで下ろしてワインを盗ませた話で、これが大笑いするほど面白かった。

ハリウッドに行ってUCLA在学中だった頃、私には金がなかった。女の子をデートに連れて行く余裕などまったくなくてね。クラフトのマカロニ・アンド・チーズが主食だったくらいで、今のこの重い身体もそのせいだ! だから、周囲のみんなが大失敗と確信していた『ゴッドファーザー』が成功して少し金を得たとき、「小さな別荘を買おう」と妻に言った。案内してくれた不動産屋がニーバウムの所有地がオークションに出されると教えてくれた。「ここは10万ドルの価値がある土地だが、もしかしたら興味があるかと思って」と言うものだから、私は「ああ、見てみたいね!」と返事したんだ。

『陽のあたる場所』でモンゴメリー・クリフトがエリザベス・テイラーに会うために彼女の自宅に行って、そこにある金持ちの館に目を大きくするシーンを覚えているかい?

―ええ。

ニーバウムの所有地はあれみたいだった。いくつも湖があって、何千エーカーもある土地で、美しいビクトリア調の邸宅があった。あの美しさは何人の想像をも超えるものだった。それを見たあと、オークションに参加したのだが、そのときは手に入れることができなかった。オークションに出した人たちは分譲マンションか何かを建てたいと考えていたのさ。でも、それから8ヵ月くらいして、オーナーに会いに行き、「あなたのパートナーがこの土地に希望通りの建物を建てられないのなら、私に売ってくれませんか?」と直談判してみた。彼らの答えは「イエス」だった。

そこで、『地獄の黙示録』を作るために出国する直前にこの土地を購入したんだ。ちなみに、この『地獄の黙示録』も資金的にダメージの大きい大失敗になるというのが大方の予想だった。撮影中、せっかく買ったあの土地を失うのは本当に悲しいとばかり考えていたよ。だって、そのときの私には巨額の借金がのしかかっていたし、今ではみんなが知っていることだが、作るのが究極の悪夢と思えるほど大変な作品を作っていたから。私は「わかった、僕はもう終わりだ。でもあれほど美しい場所を少しの間だけ所有したからいいか」と思っていた。ところが、どういうわけか、物事が自分の思い通りに進み始めた。借金の多くを返すことができたし、あの土地も売らずに済んだ。『地獄の黙示録』の権利を獲得したのが正解だった。

―どういった経緯であの作品の権利を獲得したのですか?

他の誰も作りたがらなかったからさ! 映画にするためにお金をつぎ込むしかなかった。君がさっき言った通り、あの映画は少し奇妙な受け入れ方をされた。最初は「40年に一度の最大の失敗作品!」と言われたからね。

―それは少し誇張しすぎに思えますが。

私の映画の前にもっとひどい映画作品がいくつもあったよね? そうだろう、認めてくれよ!(笑) でもね、あの作品を公開したあと、とにかく映画館に足を運ぶ人が絶えなかった。かかっていたのがロサンゼルスのシネラマドーム劇場で、毎週、何ヵ月も観客が続いて、最後には誰も予想しなかったほどの興行成績に到達しそうになったんだ。今ではみんなが知っているけど、とにかく最初は極度に奇抜な作品と思われていたわけだよ。時間が経つにつれて奇抜なイメージが少しずつ緩和され、遂に時代が追いついた。これが新しいバージョンを公開する理由だ。オリジナル版では使われなかった、もっと奇抜なシーンを戻すようにと、週からずっと勧められてきたからね。とにかく、あの映画のおかげで私はあの土地を維持できたし、自分のワインを作ることもできたんだよ。

―これまで作った作品で最も個人的なものはありますか?

(長い沈黙のあと)私の作品をリストアップすると、各作品ともまったく異なることに気づく。ギャング映画、戦争映画、ミュージカル、子どもが主役のシュールな映画というように。業界の成功の定形に従うのではなくて、自分が楽しいと思う作品を作っているだけなんだ。その点ですべての作品が個人的と言える。ただ、『ゴッドファーザー』に関して言えば、続編製作がボツになる直前まで拒んだ。これも個人的だったと言えるね。

―あの続編を作ると決めたのは、父と息子の物語が頭の中にあって、それが『ゴッドファーザー』の続編に合うと思ったからですよね?

それは本当だ。その物語は最初の『ゴッドファーザー』とはまったく関係なくて、一人の男とその息子についての映画を作るというアイデアを頭の中でずっと練っていたんだ。父と息子が同じ歳のときの二人の人生を比べるというものだった。あれこれ考えていたアイデアの一つだったが、あるとき、これは続編に使えるぞと思って、やってみたら実際にそうだった。

―今となってはあなたが続編を作ったことに僕たちは感謝しています。

(ため息をついて)たぶんそうだろうね。ただ、ギャング映画のあとに立て続けにギャング映画を作ること自体が、私にとっては受け入れ難かったんだ! つまり、言い換えれば、お偉方から「お前はコカ・コーラの秘伝フォーミュラを持っているのだから、コカコーラだけ作ればいいだろう?!」と強制されて、「いや、そういうものじゃないんだよ。私が作りたいのはワインで、人生を楽しみたいんだよ」と反論したってことだよ。



Translated by Miki Nakayama

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