ボブ・ディラン新ドキュメンタリー『ローリング・サンダー・レヴュー』関係者が語るその裏側

ディランの名前はチケットにさえ載っていなかった。3時間に及ぶことも少なくなかった同ツアーの公演において、ディランはあくまで多数の出演者の1人に過ぎなかった。それでも、彼のヴォーカルには1974年のツアー時には見られなかった情熱が宿っており、そのパフォーマンスの数々は長いキャリアの中でも屈指とされている。各公演では「ハッティ・キャロルの寂しい死」や「はげしい雨が降る」等のクラシックや『血の轍』からの曲、そして後に発表される『欲望』からの楽曲が披露された。ディランはデヴィッド・ボウイのバックバンドSpiders From Marsのギタリストだったミック・ロンソンを招いたほか、ヴァイオリンを携えて通りを歩いていたスカーレット・リヴェラをその場でスタジオセッションに誘った。他にもベーシストのロブ・ストーナー、ドラマーのHowie Wyethm、ギタリスト兼ピアニストのT・ボーン・バーネット、ギタリストのSteve Stoles、そしてスチールギター担当のデヴィッド・マンスフィールドを擁したバンドは、その強烈なサウンドで毎晩オーディエンスを熱狂させた。

「あのツアーのアイディアは、タイプの異なるミュージシャンたちが同じステージに立ち、様々なスタイルの音楽を演奏するというものだった」本作でディランはそう語っている。「伝統的なレビューとは違うけど、レビューのフォーマットには沿ってたはずさ」その後沈黙を挟み、彼は自分が選んだ言葉に辟易する様子を見せる。「あれは全部、何もかもでたらめさ!」彼はそう吐き捨てる。

1975年のツアー期間中、ディランは映画監督のハワード・オークとデヴィッド・メイヤーズと共に、映画『レナルド&クララ』の撮影を続けていた。大所帯バンドのメンバー全員が登場するコンサートでのジャムセッション映像を織り交ぜた同作は1978年に公開されたが、あらゆる批評家から気取っていて不可解なだけの駄作だとこき下ろされた。同作のオリジナル版は4時間という超尺だったが、それさえも同ツアーの期間中に撮り貯められた素材のごく一部でしかなかった。

大成功を収めた『ノー・ディレクション・ホーム』に続くディランのドキュメンタリー製作の案が浮上した際、彼のチームはすぐさま同ツアー時の未公開映像をベースにすることを考えついた。しかし、それにはある問題があった。「ネガが紛失されていたんです」ディランのチームをよく知るある人物はそう話した。「ぞっとしましたよ。原因のひとつは、当時存在してたいくつかの会社が合併したことです。その過程で、ストレージのナンバリングシステムがエラーを起こしたんです。私たちは必死になって探しましたが、ネガは見つからなかった。鉄の山の中から探り当てようとするようなもので、どんなに探しても一向に出てこない。皆すごく落ち込みました。一番恐いのは、ある日どこかの誰かが偶然探り当てることです。あのネガは今でもどこかのコレクターの地下室に眠ったままになっている、私たちはそう思っていたんです」

Translated by Masaaki Yoshida

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