1970年代から現代まで、LGBTQを讃える名曲26選


イレイジャー「ア・リトル・リスペクト」(1988)

イレイジャーの作品の多くはゲイ・ブライドを讃える内容を描いているわけではないが、ゲイ・ロマンティックの真実を追求している——セクシー過ぎることはなく、感情に対して率直であり、20世紀の終わりに向かって同性愛者の男性がどのような人生を送っているか、を表現しているのだ。アンディ・ベルとヴィンス・クラークによるデュオが、物憂げでありながらも軽快なシングルを世に送り出し、それが同性愛者に対する偏見が多かった時代の1988年に世界的なヒットを飛ばした際には、多くの人々がその事実を革命的だと感じただろう。アイオワに住むストレートのティーンエイジャーは、周りに言えないボーイフレンドがいる、繊細でボロボロの男性の祈りを歌ったような内容の「ボーダーライン」に合わせて、プロムで踊っていたことに気づくだろうか?同性愛者であるティーンやトウィーン(訳注:8-12歳の子ども)は、ほとんどそのことを隠すのだ。「もし音楽をやっていたら、それを何かに役立てるべきだし、本質を持つべきだと思う」と、ベルはセブンティーン誌に語っていた。「同性愛者であり、それをオープンにしておくことが、僕の本質なんだ」

マドンナ「ヴォーグ」(1990)

たった5000ドルという少額予算と共に、マドンナと彼女が頼りにしているリミキサー、シェップ・ペティボーンはこの曲のレコーディングに向かった(最初この曲は、ほかのシングルのBサイドトラックになるはずだった)。マンハッタンの地下室にあるスタジオで収録されたこの曲には、即興で映画スターを並べたラップが組み込まれた。「彼女はいつだって、ファーストテイクで終えてしまう実力の持ち主なんだ」と、ペティボーンは2015年、米ビルボードに語った。結果として、「ヴォーグ」はポップシーンの女王の象徴となる楽曲にまで発展しただけでなく、古い体制のハリウッドと80年代後半のクラブシーン、そしてハーレム・ドラッグ・ボールの橋渡し役を務め、さらにそれらの魅惑、(イメージの)破壊、インスピレーションとAIDS大流行の時代に自身を守ることの大切さなどを定義づけた(そしてあのビデオ!男性陣と、ダンスも素晴らしい!)。この曲がきっかけとなって、マドンナはその後、「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」でLGBTカルチャーにその身を投じ、自身の写真集『SEX』とアルバム『エロティカ』でその要素をさらに拡大していった。ソウルは音楽の中に。

ジョージ・マイケル「フリーダム!’90」(1990)

ここからジョージ・マイケルがカミングアウトをするまで 8年余の歳月が必要だったが、才能に恵まれ、ソウルフルでカリスマティックなワム!の元フロントマンは長いこと、白人のセックス・シンボルとして扱われ、世界中のLGBTQの人々からはロール・モデルとして、そして流行の火付け役として認知されていた。「僕は自身の仕事をする中で、自分のセクシャリティを定義づけることに対して、寛大ではなかった。僕は自分の人生を書いているわけだから」と、1998年、カミングアウトしたCNNのインタビューで語っている。その後彼の作品は、自身のセクシャリティや恋愛関係と密接に結びついていった(パートナーをAIDSで亡くしたことも含めて)のち、1990年に発表した不滅の名曲は、まだ大声を出して叫ぶことができなかった内容を変革的な、斬新な正直さを以って表していた:それは「あなたは知るべきことがある/それを明かすべき時が来た/それは僕の奥深くにあるんだ/僕のあるべき姿が」と言う歌詞にも見て取れるだろう。しかしこの曲のミュージックビデオは——ハンサムなスターの姿がなく、スーパーモデルたちがリップシンクをし、彼が『フェイス』時代に着ていた安っぽいレザー・ジャケットが映り込む——あまり釣り合っていないかもしれない。

Translated by Leyna Shibuya

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