「エド・シーラン=保守的な白人フォークシンガー」という誤解の影に潜む“優れた"越境性"を柴那典が分析

エド・シーラン(Courtesy of WARNER MUSIC)



その背景には、故郷から音楽を学ぶためにロンドンに引っ越すも家賃が払えずホームレス同然の暮らしをしていたという経緯がある。つまり彼の素性は階級社会の英国における「都市のアウトサイダー」であり、そこにロンドンのアンダーグラウンドシーンで勃興してきたグライム以降のラッパーとの共通性もある。メジャーデビュー前の2011年にリリースされたEP『No. 5 Collaborations Project』でもワイリーらグライム勢とコラボしている。そういう経緯があるからこそ、いまやグラストンベリーのヘッドライナーをつとめるほどの存在になったストームジーとたびたびコラボし親密な関係を保ち続けている、とも言える。



アルバム毎のコンセプト展開も見事だ。デビュー作『+』はいわば自己紹介的な一枚。2作目『×』はファレル・ウィリアムスをプロデューサーに迎えた「Sing」が象徴するように、ソウルやヒップホップのビート感と彼の歌を「掛け合わせ(=multiply)」した一枚。さらに『÷』はそうして培われたハイブリッドな彼の音楽性を数々のルーツに「分けた(=divide)」一枚。ガーナで録音した「Bibia Be Ye Ye」、ラテン・テイストの「Barcelona」、アイリッシュ・トラッドな「Galway Girl」が象徴的だが、ケルトとアフロとカリブが一枚のアルバムに同居している。

ちなみに、彼最大のヒット曲「Shape Of You」は、もともとリアーナに歌ってもらうつもりで書いた曲なのだという。そして、もう一つリアーナに“蹴られた”2015年を代表する曲がメジャー・レイザーの「Lean On」。エド・シーランは翌年そのメジャー・レイザーに「Cold Water (feat. Justin Bieber & MØ)」を楽曲提供している。これらの楽曲が2010年代後半の音楽シーンの一大トレンドだったダンスホール・ポップのテイストを決定づける一翼を担ったわけで、そう考えると、実はこれって、「不在のリアーナが男たちを翻弄し時代を動かし続けてた」ってことなのかも。

Edited by The Sign Magazine

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