現場目線で振り返る、2010年代の日本語ラップシーン座談会

渡辺:さっきの話にもあったように、彼らこそヤンキーへの憧れみたいなものがある人も巻き込んで、青春マンガを見ているように応援しているファンが多いような感じを受けますね。

A氏:武道館には、地方の中学生ヤンキーみたいな子も来てましたしね。

伊藤:彼らが全方位的にウケる下地を作ったのはKOHHで、中高生が感度の高い不良に憧れるように、これまでだったらロックやEXILEとかを聴いてた子がヒップホップを聴く下地を作ったひとりはAK-69だと思う。

渡辺:それは、たしかに。


AK-69は愛知県出身のラッパー。代表曲に「START IT AGAIN」「And I Love You So」など。リスナーを熱く鼓舞するような作風でアスリートやスポーツ選手にも人気が高い。

伊藤:数年前、名古屋でAK-69のライブを観たんだけど、中高生のキッズがみんな彼のトレードマークである赤い服を着ていたのが衝撃でした。マイルドヤンキーの受け皿のひとつとしてヒップホップが機能するようになった理由として、AK-69の成功は大きいんじゃないかな。

A氏:AK-69やBAD HOPって、ライブのMCでもエモいことを言うじゃないですか。「お前たちのおかげでここに来れたぜ!」みたいな。それを聞いて、ヤンキーの子がワァ~!となるんだよね。

伊藤:実は、それを90年代からやってたのはTHA BLUE HERBですよね。THA BLUE HERBとAK-69って、ファン層やスタイルは全く違うけど、地方出身で地元から発信し続けることにこだわる姿勢や、インディペンデントで成り上がっていったという、成功に至るまでのプロセスに実は共通点が多い。

A氏:YZERRのライブでのMCの喋り方は、AK-69から影響を受けてるような気もしますし。

渡辺:実際、武道館ライブの前にはAK-69からアドバイスをいただいたそうです。AK-69こそ、今までの日本のアーティストには成しえなかったことをやっていましたよね。

A氏:そして、現在のマイルドヤンキーが聴いてるのがt-Aceなんでしょうね。エモにエロを加えて、これまでなかなかラップできなかったようなことをラップするっていう。あと幼馴染クルーといえば、世田谷のKANDYTOWNもそうだよね。


t-Aceは茨城・水戸出身のラッパー。キャッチーなトラックに自らを「クズ」「エロ神」と称するあけすけなリリックでラップする独自のスタイルで幅広く人気を集めている。

渡辺:BAD HOPと対極なのがKANDYTOWNですよね。

伊藤:かつてのラップ・クルーは、スタイルや音楽性の共通性、似た思想を共有しているか否かが、クルーとして集結する上で大きな要素だったと思うんです。だから、アイデンティティありきのクルー。一方、近年のBAD HOPやYENTOWN(※)、KANDYTOWNといったクルーは、アイデンティティ以前に幼馴染や友達関係がまずあって、その友達コミュニティ内で共有していた音楽やライフスタイルの影響でアイデンティティが形成されていったように感じます。

※JNKMN、PETZ、MonyHorseなどが所属する東京のクルー。特に近年はkZm、Awichの活躍もシーンを賑わせている。

A氏:昔はラッパーの絶対数がいなかったから、クラスに一人いるかどうかみたいな。だから集わざるを得なかったんでしょうね。

伊藤:「お前もああいうラップ好きなの?」ってね。


KANDYTOWNにはIO、KEIJU、Ryohuなどが所属。Reebokとのタイアップで有名な「GET LIGHT」や「1TIME 4EVER」など古き良きNYヒップホップを思わせるサンプリング主体のビートが特徴。

渡辺:クルーとして作品を出していくことって、日本のシーンにもとてもマッチしている気がします。というのも、近年のUSだと、エイサップ・モブももともと中心人物だったヤムズが亡くなってからほぼ解体しているし、タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンらのオッド・フューチャーや、チャンス・ザ・ラッパーらがいたセイヴ・マネーも、今ではクルー単位での活動はほぼ止まっている。彼らがクルーとして賑やかに活動していたピークはだいたい3年くらいの期間ではないかと思うんです。そう考えると、BAD HOPやKANDYTOWNみたいに、継続してクルー/グループ全員で活動してるのって奇跡的だし、それが日本のシーンにも合ってたのかなと感じますね。

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